2010–2019
故郷へ向かうすばらしい旅
脚注
テーマ

故郷へ向かうすばらしい旅

愛情深い御父がこの旅のために下さった地図を喜んで使うなら,聖なる場所へ導かれ,皆さんは天の可能性に手が届くのです。

わたしたちの敬愛する預言者トーマス・S・モンソン大管長が,今晩ともにいてくださることを光栄に思います。大管長,わたしたちはいつもあなたのためにお祈りしています。

わたしの愛する姉妹の皆さん,霊感をもたらしてくれる音楽とお話をありがとうございました。今週お祝いする復活祭にふさわしいものでした。

それぞれの場所にいる大切な若い姉妹の皆さんと,皆さんのすばらしい指導者とともに過ごせることは喜びです。皆さんの霊は輝きを放ち,周りの人まで笑顔にします。主は確かに皆さんを気遣い,天から愛を込めて見守っておられます。

わたしは旧東ドイツのツビッカウで育ちました。11歳のころ,父は反体制派として監視されていました。監視が厳しさを増してきたため,両親は西ドイツに逃げるしか家族を守る方法はないと感じました。両親は,西にたどり着くための最も安全な方法は,すべての所有物を後に残し,家族がそれぞれ違うときに,違う道を通って行くことだと判断しました。

家族の中で捕まる危険性が最も高かった父は,ベルリン経由の最短距離を選びました。兄たちは北へ向かい,各自で西に向かうことにしました。姉は今日ここにいる多くの皆さんと同じ年ごろで,若い女性の教師ヘルガ・ファスマン姉妹ら数人とともに,西ドイツを少しだけ通る列車に乗りました。乗務員にお金を払って列車のドアの鍵を一つ開けてもらい,西ドイツの国境を通過したときに,走っている列車から,自由主義の世界に飛び降りました。わたしは姉の勇気を心から称賛します。

わたしはいちばん年下でした。母はわたしと一緒に二つの国を分ける山地を歩いて渡ることにしました。母がわたしを連れて山にハイキングかピクニックでもしに行くかのように昼食を作っていたのをわたしは覚えています。

列車で行ける所まで行き,それから何時間も歩いて西ドイツの国境に近づいて行きました。国境は厳しく統制されていましたが,わたしたちには地図があり,何時にどこを安全に通過できそうか分かっていました。母の不安な気持ちが感じ取れました。母は辺りを確認し,後をつけられていないことを何度も確かめました。一歩ごとに母の足とひざが弱くなっていくようでした。食糧と重要書類と家族の写真を詰め込んだ母の重いかばんを持つのを手伝いながら,最後の丘の長い傾斜を登りました。母はもう国境を越えたと確信したようで,ついに胸をなで下ろし,わたしと一緒に地面に座ってピクニックの弁当を食べ始めました。母はその日初めて,安心できたと思います。

そのときです。わたしたちは国境の目印がまだずっと先にあることに気づきました。境界線の反対側でピクニックをしていました。まだ東ドイツにいたのです!

今にも国境警備隊が現れるかもしれません!

母は慌てて昼食をかばんに詰め,わたしたち二人は大急ぎで丘を駆け上がりました。今度は,国境を越えたことが確かに分かるまで立ち止まりませんでした。

わたしたち家族は一人一人違う道を通り,道中まったく異なる試練をくぐり抜けましたが,ついに全員が安全な場所にたどり着くことができました。そして,再び家族が一つになりました。それはほんとうにうれしい日でした!

旅の物語

今皆さんに話したこの経験は,わたしにとってとても大切な旅の物語です。今人生を振り返って,長い年月の間にそのような「旅」をたくさんしてきたことに気づきます。そのすべてで山脈や国境を越えたわけではありません。むしろ試練を克服したり,霊的に成長したりすることにかかわっていました。しかし,すべてが旅でした。だれの人生もすべて,「旅の物語」でできていると思います。

どの文化の伝統にも旅の物語がたくさんあることを,皆さんは知っているでしょう。例えば,『オズの魔法使い』に出てくるドロシーと犬のトトの旅は,皆さんにとってなじみ深い物語でしょう。ドロシーとトトは竜巻に巻き上げられてオズの国に飛ばされました。そこでドロシーは,はっきりと分かる黄色いれんが道を見つけます。旅で進むべき道を示し,最後には家まで導いてくれる道です。

それから,チャールズ・ディケンズのエベニーザ・スクルージの物語があります。場所を巡る旅ではなく,時を巡る旅でした。まさに自らの心の旅であり,なぜ彼がそのような人物になったのか,また,利己的で恩知らずな生き方をこのまま続けていくと最後にどうなるのかを教えてくれる旅でした。1

中国古典文学の一つに『西遊記』があります。16世紀に書かれたこの物語では,ある僧が4人の友の助けを得ながら,霊的な悟りに向けて冒険と巡礼の旅をする様子が描かれています。

そしてもちろん,小柄で控えめなホビット族のビルボ・バギンズの物語もあります。彼としては家でスープをすすっている方がずっとよかったのですが,ドアが一度ノックされた後に,危険ではありましたが大切な使命を果たすために,魔法使いと小人たちとともに未知の世界へ冒険の旅に乗り出します。2

万人に共通の物語

わたしたちはそのような旅の物語を自分に当てはめてみることがあるのではないでしょうか。旅人の成功や失敗から,自分の人生の道を見いだすことができます。数分前に見たビデオは,もう一つのすばらしい旅物語について伝えていました。あるいは,わたしたちがよく知っているはずの旅を思い出すかもしれません。その旅ではわたしたち一人一人が,重要な役割を演じているのです。

この物語は大昔,地球が軌道を回り始めるよりずっと前,太陽がその燃える腕を冷たい宇宙に向かって伸ばし始めるよりずっと前に,大小様々の生き物がこの地球に増え広がるずっと前に始まります。この物語の初めに,皆さんははるか遠くにある美しい場所で暮らしていました。

前世と呼ばれるその場所での生活について詳しいことは分かりません。でも,知っていることも少しはあります。わたしたちの天の御父は,御自分がどのような御方か,わたしたちが何者でどのような者になれるのかについて明らかにしてくださったのです。

第一の位と呼ばれるその場所で,神を見て,神の御声を聞いた皆さんは,神が存在されることを完全に理解していました。神の小羊となられるイエス・キリストを知っていました。御子を信じる信仰がありました。そして,安全な前世にとどまることが自分の使命ではないことを知っていました。永遠の家を愛していましたが,旅に出たいと願い,旅に出る必要があることを知っていました。御父の腕を離れて忘却の幕を通り抜け,死すべき肉体を受け,成長して天の御父にさらに近い者となり,御父の御前に帰るために助けとなる,様々な事柄を学び,経験するのです。

その神聖な場所で,よく知り愛する人たちに囲まれて,皆さんの考えた問いはこうだったはずです。「わたしは天の我が家に無事に戻れるだろうか。」

思いどおりにならないことがたくさんありました。死すべき人生は時に厳しく,病気や失意,事故,争いなど,予期せぬ経験に満ちています。

前世の記憶がなくても,天の御父とともに住んでいたときのことを覚えていなくても,この世の雑音と気をそらすものばかりの中で,皆さんは今でも御父の御声を識別することができるでしょうか。

行く手はとても長く不確かで,危険に満ちているように思えます。

易しくはないでしょう。でも努力する価値があることを皆さんは知っていました。

皆さんはそのとき永遠の旅の出発点に立っていました。言葉にできない興奮と希望,そして恐らくは多少の不安と恐れを抱いて,楽しみに待っていたでしょう。

皆さんは神が公平な御方で,神の慈しみが最後には勝利を得ることを知っていました。皆さんは天の大いなる会議に参加して,罪から清められ,肉体の死から救われる方法を,救い主であり贖い主であるイエス・キリストが提供してくださることを知っていました。最後には,聖い御名をほめたたえて歌う天の聖歌隊とともに,喜び,歌うという信仰を持っていました。

ですから,皆さんは深呼吸をして……

大きな一歩を踏み出して……

今ここにいるのです!

皆さん一人一人は,天の家に帰るという自分自身のすばらしい旅に乗り出したのです!

皆さんの地図

今地球にいる皆さんにとって,旅が順調かどうか自分に問いかけるのは賢明なことです。正しい道を進んでいますか。なるべき自分,なりたい自分になりつつありますか。天の御父のみもとに帰るために役立つような選択をしていますか。

御父は皆さんを,当てもなくさまよわせるためにこの旅に送り出されたのではありません。みもとに戻すためです。愛に満ちた両親と,忠実な教会の指導者を下さいました。地形を示し危険を知らせる地図を下さいました。その地図は平安と喜びが見つかる場所を示し,天の国に帰る道順を計画できるように助けてくれます。

では,この地図はどこにあるでしょうか。

  • 聖典の中に。

  • 預言者と使徒の言葉の中に。

  • そして,聖霊からの個人的な啓示を通して見つけることができます。

この地図は,イエス・キリストの福音,良い知らせ,キリストの弟子が歩む喜びの道です。御自身がその道であるがゆえにその道を御存じの御方3,わたしたちの弁護者であり,指導者である御方が下さった戒めと模範です

もちろん,地図を持っていても,研究して人生の旅の道案内として使わなければ,何の役にも立ちません。神の御言葉を研究し応用することを最優先するよう,わたしは皆さんに勧めます。聖霊に心を開き,人生を通じて皆さんの旅を導いてもらってください。

皆さんの地図は天の御父と御子イエス・キリストの励ましと教えで満たされています。皆さんが無事に天の家に帰れるように,今日その中から3つのメッセージを分かち合います。

第1のメッセージ-「恐れてはならない。主なるわたしはあなたがたとともに〔いる〕からである。」4

皆さんはこの旅において独りではありません。天の御父は皆さんを御存じです。だれも皆さんの言葉を聞いてくれないときでも,御父は聞いてくださいます。皆さんが義を喜ぶとき,御父はともに喜んでくださいます。皆さんが悩むとき,御父は皆さんとともに悲しまれます。

天の御父の皆さんに対する関心は,皆さんがどれだけ裕福か,美しいか,健康であるか,頭が良いかということによって決まるのではありません。御父の視点はこの世の視点とは違います。皆さんの本質を,皆さんの心を,御覧になります。5そして皆さんが御自分の子供なので,皆さんを愛しておられます。6

愛する姉妹の皆さん,御父を熱心に求めてください。そうすれば,皆さんは御父を見いだすでしょう。7

約束します。皆さんは独りではありません。

今少しの間,周りにいる人を見てください。皆さんの指導者,友達,家族のだれかがいるかもしれません。これまで一度も会ったことのない人がいるかもしれません。それでも,周りにいる人はすべて,この会場にいる人も,ほかの場所にいる人も,今日いる人も,どの時代の人も,前世で勇敢だった人なのです。隣に座っている,控えめでごく普通に見える人は,かつて霊界にいたときにあなたが憧れ,大好きだった偉大な人物の一人かもしれません。あなた自身がそのような手本になる人物だったのかもしれません。

一つ確かなことがあります。人種,宗教,政治的信条,体型,外見にかかわらず,皆さんの目に映る一人一人は,家族なのです。皆さんが見ている若い女性には皆さんと同じ天の御父がいて,彼女も皆さんと同じように,愛に満ちた御父のみもとを旅立ったのです。この地球に来て,いつの日か御父のみもとに帰ることを熱望しながら。

しかし,皆さんと同じように,時々孤独を感じるかもしれません。自分の旅の目的を忘れることさえあるかもしれません。皆さんの言葉と行いで,独りではないことを思い出させてあげてください。わたしたちは助け合うためにここにいるのです。

人生はつらいかもしれませんし,ある人とは心を通わせられないとさえ思えることもあります。怒りに満ちた人がいるかもしれません。愛情にあふれる神を信じる人をあざけるような人がいるかもしれません。しかし,考えてみてください。たとえ覚えていなくても,彼らもかつては天の御父のみもとに戻りたいと思ったことがあるのです。

だれかを改心させることは皆さんの責任ではありません。それは聖霊の仕事です。皆さんの責任は,信じていることを恐れずに伝えることです。標準を曲げることなく,すべての人の友となってください。自分の確信と信仰を忠実に守ってください。自信を持ってください。皆さんは神の娘であり,神は皆さんとともにおられます。

第2のメッセージ-「わたしがあなたがたを愛したように,あなたがたも互に愛し合いなさい。」8

神のみもとにいたときに,わたしたちがどのような言葉を話していたか考えたことがありますか。恐らくみんなドイツ語を話していたのではないかと思うのですが,ほんとうのところはだれにも分かりません。でも前世では万人共通の言語を霊の御父から直接学んでいたことをわたしは知っています。情緒的,物理的,霊的に互いを隔てるものを乗り越える力を持つ共通言語です。

その言語は,イエス・キリストの純粋な愛です。

世界で最も力強い言語です。

キリストの愛は,見せかけの愛ではありません。グリーティングカードにしか書かない愛ではありません。はやりの音楽や映画でもてはやされるような愛ではありません。

この愛は,人の本質を変える愛です。憎しみを克服し,ねたみを溶かします。怒りを治め,苦々しい気持ちを乗り越えさせてくれます。この愛は奇跡を起こすのです。

わたしたちは神の御前で霊として,この愛の言葉で「最初の教え」9を受けました。そして,地上でその言葉を練習して流暢に話せるようになる機会があります。皆さんはこの愛の言葉が上達しているかどうかを,自分の思いと行いの動機を評価することで知ることができます。

物事が自分に都合よく進むことを第一に考えているなら,皆さんの動機は利己的で浅はかなものでしょう。そのような言葉を覚えたくはないはずです。

皆さんの思いと言動が神と人に仕えることを第一にしているなら,周りの人を祝福し高めることを心から望んでいるなら,キリストの純粋な愛が皆さんの心と生活の中で力を発揮できます。皆さんが習得したいのはそのような言葉です。

そのような言葉を習得して,そのような言葉で交わるなら,人はあなたの中に何か特別なものを感じて,天の家に戻る旅の正しい道を探したいという,長い間眠っていた感情が目を覚ますことでしょう。結局のところ,愛の言葉は人のほんとうの母国語でもあるのです。

このように,深く,いつまでも変わらない影響力こそが,心の奥に触れる言葉なのです。それは理解の言葉,奉仕の言葉,人を高め,喜ばせ,慰める言葉です。

キリストの愛という共通の言葉を使えるようになりましょう。

第3のメッセージ-「元気を出しなさい。」10

この旅の途中で,自分のいる場所に時々もどかしい気持ちになることがるでしょう。12歳なら14歳になりたがり,14歳になったら18歳に憧れます。18歳になると,今度は12歳に戻ってやり直したいと思うこともあるかもしれません。

思うとおりにいかないこと,不平の種というものは,常にあるものです。悲しかったり,寂しかったり,誤解を受け必要とされていない,と感じたりする日もあるでしょう。それは皆さんが望んだ旅でも,天の御父が望まれた旅でもありません。思い出してください,皆さんはほんとうに,神の娘なのです。

そのことを心に留めて,自信と喜びをもって歩むよう勧めます。道にはでこぼこの所や遠回り,危険もあるでしょう。でもそれにとらわれずに,皆さんの天の御父がこの旅の一歩一歩に備えておられる幸福を探してください。幸福は到着地でもあり,またそこへ続く道でもあるのです。「この世において平和を,また来るべき世において永遠の命を受ける」11というのが,御父の約束です。だからこそ,わたしたちは御父に「元気を出しなさい」と命じられているのです。

愛情深い御父がこの旅のために下さった地図を喜んで使うなら,聖なる場所へ導かれ,皆さんは天の可能性に手が届くのです。皆さんがなりたいと願っているような神の娘に成長するのです。

愛する姉妹の皆さん,愛する教会の若い女性,愛する若い友の皆さん,主の使徒の一人として,皆さんが家に戻る旅路にあって自分の道を見つけ,旅の仲間に霊感を与える者となるように,皆さんを祝福します。聖約,原則,イエス・キリストの福音の価値観を尊び,それらに忠実に生きるなら,旅の終わりに天の御父のみもとに行けることを約束し,そうなるように祈ります。御父が皆さんを抱き締めてくださり,皆さんは自分が無事に天の家に戻ったことをはっきりと知るでしょう。イエス・キリストの御名により,アーメン。