2010–2019
一人の若い女性を救うことは,その子孫を救うことにもなる
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一人の若い女性を救うことは,その子孫を救うことにもなる

皆さんの徳高い生活が皆さんの先祖や現在の家族,将来の家族にとって祝福となります。

教会の忠実な若い女性に話すのは光栄です。皆さんが,交わした聖約を尊んで前進しているのが分かります。そして,皆さんの徳高い生活が皆さんの先祖や現在の家族,将来の家族にとって祝福となることをわたしたちは知っています。ゴードン・B・ヒンクレー大管長が言ったように,「一人の若い女性を救うことは,その子孫を救うことにもなるのです。」1

皆さんが聖約の道を歩み始めたのは,バプテスマと聖霊の賜物を受けたときでした。それは毎週の聖餐会に続きます。聖餐会は,皆さんがバプテスマの聖約を更新する神聖な場なのです。そして今は,神殿の聖約を交わす用意をする時です。「聖なる神殿において得られる神聖な儀式と聖約は,わたしたちが個人として神のみもとに帰り,また家族として永遠に一つとなることを可能にするのです。」2

皆さんの先祖のために,聖なる場所に立ってください。「この地上に来るすべての人は脈々と続く先祖の子孫として誕生します。わたしたちは生来,先祖との結びつきを求める気持ちを持っています。」3家族歴史と神殿の業に携わるとき,皆さんは先祖に救いの儀式を与え,自分の人生を先祖の人生に編み込んでいるのです。

皆さん自身と皆さんの家族のために,聖なる場所に立ってください。皆さんの義にかなった模範は,家族の状況にかかわりなく,大きな喜びの源となります。正しいことを選べば,家族を永遠に結ぶ聖なる聖約を交わし,守ることができるようになるのです。

皆さんの将来の家族のために,聖なる場所に立ってください。神殿で神権によって結び固められて永遠の家族をスタートさせることを決意してください。皆さんの徳高い模範と揺るぎない証を子供たちの人生に編み込み,聖約の道を子供たちに示すならば,子供たちは真理によって祝福されるでしょう。

わたしは,最近開かれた青少年国際美術コンテストで,このような永遠の原則が表現されている作品を見ました。ミーガン・ワーナー・テーラーは,写真をデジタル処理して構成し,十人のおとめ4というキリストのたとえを現代的な手法で描きました。わたしはミーガンに会いました。彼女は10番目のおとめが何を象徴しているかを説明してくれました。徳と信仰を備え,神聖な神殿の聖約を交わす備えのできた若い女性の象徴として,ミーガンはこのおとめを描いたそうです。ほかの賢いおとめたちと同様,このおとめはたゆまず義にかなった生活をすることによって,自分のランプに1滴ずつ油を加え,備えをしてきました。このおとめの髪が三つ編みになっているのにわたしは気がつきました。この三つ編みはこの若い女性の義にかなった生き方が無数の子孫に影響を及ぼすことを象徴しているとミーガンは説明してくれました。髪の一つの房は先祖を愛し敬う気持ちを示し,もう一つの房は現在の自分の家族に与える義の影響力を表し,3つ目の房は,自分の人生が未来の子孫に編み込まれる様子を象徴していたのです。

わたしはまた,早くから霊的な備えをして義にかなった生活を送り,多くの世代に影響を与えているもう一人の若い姉妹に会いました。

天気の良い9月のある日,夫とわたしは神殿で儀式に携わる機会を待っていました。そのとき,わたしたちの友人であるクリスが部屋に入って来ました。ロシアでの伝道から最近帰って来たこの若い兄弟に会えてとてもうれしく思いました。

セッションが始まるとき,美しい姉妹が,わたしの隣の席に座りました。彼女は輝きとほほえみをたたえ,光に満ちていました。わたしは彼女と知り合いになりたくて,小さな声で自己紹介をしました。すると彼女は名前をささやきました。名前はケイト。そして姓を聞いたとき,彼女はかつてわたしたち家族がミシガン州に住んでいたときに近所にいた家族の一員だということが分かりました。ケイトはその家族の,今は成人した娘だったのです。彼女は5週間前にドイツでの伝道から帰還していました。

セッションの間,「ケイトをクリスに紹介しなければ」という思いが何度も浮かびました。「いつ,どこで,どうやって紹介するか」を考えて,この促しをひとまず心の隅に置いておくことにしました。帰り支度をしているとクリスが別れのあいさつを言いにやって来たので,この機会にケイトを連れて来てこうささやいたのです。「あなたがた二人は徳高い若者よ。知り合いになったほうがいいわ。」わたしは促しに従ったことに満足し,神殿を後にしました。

帰り道,夫とわたしはケイトの家族を襲った悲しい出来事について,覚えていることを話し合いました。このとき以来,わたしはケイトをよく知るようになりました。そして,神殿でケイトを見ていて,なぜ彼女がその日喜びに満ちた表情をしていたのかが分かってきました。

ケイトは聖なる場所を求めることによって,聖約の道にとどまるよう常に努力しました。ケイトは家庭の夕べを開き,家族で祈り,聖典の学習をする神聖な家庭で育ちました。子供のころ神殿について学び,「神殿に行きたいな」5という歌を家庭の夕べで好んで歌いました。幼いころ,両親は週末の夜に映画や夕食ではなく神殿に行っていました。そのようにして,聖なる場所を求めるという模範を両親が示すのを見たのです。

ケイトは父親が大好きでした。父親は神権の権能を使って,ケイトに最初の聖約であるバプテスマを施してくれました。次にケイトは,頭に手を置かれて,聖霊を受けました。こう言っています。「聖霊を受けてうれしく思いました。永遠の命への道を歩めるよう聖霊が助けてくださることを知っていましたから。」

その後ケイトはとても祝福の多い幸せな人生を送っていました。14歳のとき高校に入り,セミナリーが大好きになりました。セミナリーは,もう一つの聖なる場所,つまり福音を学ぶ場です。ある日教師が試練について話し,わたしたちはだれでも試練を受けると断言しました。ケイトは心の中で言いました。「試練など経験したくないわ。こんな話は聞きたくない。」

そのわずか2,3週間後のことです。復活祭の日,父親は非常に気分が悪くて目を覚ましました。ケイトはこう言っています。「父はとても健康な人でした。マラソンをしていたのです。母は,父があまりにつらそうにしているので,心配して病院に連れて行きました。父は36時間以内に重い脳卒中を起こして,体のほとんどの機能がまひしてしまいました。まばたきはできたものの,それ以外はまったく体を動かすことができなくなりました。わたしは父を見て思いました。『何てことでしょう。ほんとうになってしまった。セミナリーの先生の言ったとおりだわ。試練が来たのだわ。』」父親は2,3日後に亡くなりました。

ケイトは続けてこう言っています。「とてもつらい経験でした。自分の人生のヒーローを奪われたいなどと思う人はいません。これをばねに成長することもできれば,これを理由に成長する努力を怠ることもできることをわたしは知っていました。わたしはまだ14歳でしたから,これをきっかけに自分の人生をだめにしたくはありませんでした。できるかぎり主に近づこうと努力しました。聖文をたくさん読みました。アルマ書第40章を読んで,人はほんとうに復活し,キリストの贖罪を通して自分は父にまた会えるんだと確信しました。何度も祈りました。できるかぎり頻繁に日記を付けました。証を書き留めて,いつも生き生きとした証を持てるように努めました。教会と若い女性の集会に毎週行きました。いい友達とつきあうよう心がけました。気遣ってくれる親族,特に一家の大黒柱であった母のそばにいるようにしました。祖父やその他の神権者に神権の祝福をお願いしました。」

このように,常に正しいことを選んで行ううちに,ケイトのランプには,賢いおとめのように油が加えられていきました。父親にまた会いたいという望みに突き動かされていました。自分が何を選ぶか父親が見ていることを知っていましたから,父親をがっかりさせたくないと思いました。父親と永遠に一緒に暮らしたいと思いましたし,聖約の道にとどまるならばその望みがかなうことを理解していました。

しかし,試練はそれで終わりではありませんでした。ケイトが21歳のときのことです。伝道に出るための申請書を提出した直後に,母親が,癌と診断されたのです。人生を左右する重大な決断を下さなければならなくなりました。家にいて母親を助けるべきでしょうか。それとも伝道に出るべきでしょうか。母親は神権の祝福を受け,この病気を克服するだろうと約束されました。ケイトはこの祝福の言葉に胸をなでおろし,伝道に出る計画を,信仰をもって進めました。

ケイトは言います。「暗闇の中を歩くようなものでしたが,伝道中は闇が晴れて,母が祝福されたとおり回復したという知らせが届きました。わたしはうれしくて,主への奉仕にさらに力を注ぎました。つらいことがあったとき,行き詰まりを感じて前進する意欲を捨ててしまうのは簡単だと思います。でも,主を第一にするなら,逆境がすばらしい祝福になることがあります。主の御手を目の当たりにし,すばらしい奇跡を見ることができるのです。」ケイトは,まさにトーマス・S・モンソン大管長の次の言葉どおりのことを経験しました。「最大の困難の中にこそ,成長への最高の機会が潜んでいるのです。」6

ケイトがこのような信仰を持っていたのは,救いの計画を理解していたからです。わたしたちはこの世に来る前に存在しており,地上は試しの時であって,人は再び生きるのだということを知っていました。母親が祝福されて癒されるという信仰はありましたが,父親を亡くしたときの経験から,母親が死ぬことになったとしても心配はないことを知っていました。こう言っています。「わたしは父の死を乗り越えただけでなく,善いことをする気質が身に付いたようです。万が一母が亡くなっていたとしても同じだったと思います。その経験が人生に編み込まれて,証がさらに強くなっていただろうと思うのです。」7

ケイトは神殿でわたしと会った夜,聖なる地を求めていました。神殿での奉仕がもたらす永遠に続く関係をしっかりと編み込もうと思い,定期的に神殿に参入するという,両親が示してくれた規範に従ったのです。

わたしがケイトをクリスに紹介した晩には大きな進展はありませんでした。しかし,ケイトが次の日曜日にもう一つの聖なる地を求めてインスティテュートのディボーショナルに行くと,来ていた数百人のヤングシングルアダルトの中にクリスがいました。そこで二人はお互いのことをもっと知ることができました。2,3週間後,クリスはケイトを誘って総大会を一緒に見ました。二人はその後も御霊を招く聖なる場所で交際を続け,ついに,初めて互いを紹介された聖なる場所,神殿において結び固められたのです。二人は現在,神聖な親の責任を果たしており,救いの計画の証を,幼い3人の男の子たちの人生に編み込んでいます。子供たちに聖約の道を示しているのです。

「一人の若い女性を救うことは,その子孫を救うことにもなるのです。」ケイトは14歳のときに正しい道にとどまり,自分のランプに常に油を増し加え,聖なる地に立ち続けることに決めました。この決意が子孫を救っていますし,これからも子孫を救い続けることになるのです。先祖を探究して神殿で奉仕することによって,ケイトは心を先祖に向けてきました。同じようにわたしたちは,家族歴史と神殿の業に携わることによって先祖と心を合わせ,永遠の命にあずかる機会を先祖に与えるのです。

家庭で福音を実践することによってもランプに油を加え,霊的な強さを家族に編み込み,将来の家族に無数の方法で祝福を与えることができます。さらに,ロバート・D・ヘイルズ長老が言ったように,「両親から良い模範を受けられなかったとすれば,その悪循環を断つのは自分の責任です。……その過程で……,幾世代にもわたって正しい伝統を伝えることができるのです。」8

できるかぎりのことをして自分のランプに油を満たして,皆さんの強い証と良い模範を過去と現在と将来の多くの世代の生活に編み込んでいこうと,今,決心してください。皆さんが徳高い生き方をするならば,多くの世代が救われるだけでなく皆さんに永遠の命がもたらされることを証します。なぜなら,それが天の御父のみもとに帰って,今のみならず永遠にわたる真の喜びを得るただ一つの方法だからです。イエス・キリストの御名により,アーメン。

  1. ゴードン・B・ヒンクレー「堅く立って動かされない」『世界指導者訓練集会』2004年1月10日,20;ゴードン・B・ヒンクレー「若い女性に対する私たちの責任」『聖徒の道』 1989年2月号,116も参照。

  2. 「家族―世界への宣言」『リアホナ』2010年11月号,129

  3. ラッセル・M・ネルソン「先祖と愛によって結ばれる」『リアホナ』2010年5月号,92

  4. マタイ25:1-13 参照

  5. 「神殿に行きたいな」『子供の歌集』99参照

  6. トーマス・S・モンソン「あなたのゴリアテに立ち向かう」『聖徒の道』1987年5月号,6

  7. 著者との個人的な会話,2013年

  8. ロバート・D・ヘイルズ「どのように子供の心に残る親か」『聖徒の道』1994年1月号,6