道にとどまる
    脚注

    道にとどまる

    子供たちをしっかりと離さずに救い主の導きに従うとき,わたしたち全員が天の家に帰り,天の御父の御腕の中で安息を得る〔ことができます〕。

    先日わたしは小さな赤ん坊ケート・エリザベスの誕生に立ち会いました。ケートはこの世に来て母親の腕に抱かれると,手を伸ばして母親の指をつかみました。それはあたかも,小さなケートが「こうしてつかまっていたら,天のお父様のところに帰る道にとどまれるように助けてくれる?」と言っているようでした。

    ジョセフ・スミスは7歳のときに腸チフスにかかり,脚が菌で侵されました。ネーサン・スミス医師は,菌に侵された脚を切断せずに残す治療法の先駆者でした。彼は麻酔を使わずにジョセフの脚を切開し,骨の感染した部分を切除しなければなりませんでした。ジョセフは痛みに耐えるためにブランデーを飲むことも,ベッドに体を縛ることも拒否して言いました。「お父さんにベッドに座って,ぼくを抱き抱えてもらえるなら,必要なことは何でもするよ。」1

    わたしたちは世界中の子供たちのためにこう言います。「わたしの手を取り,しっかりつかまって。天のお父様のみもとに帰る道に一緒にとどまりましょう。」

    親,祖父母,隣人,友人,初等協会の指導者の皆さん,わたしたちは皆,手を伸ばして子供たちの手を取ることができます。立ち止まり,ひざをつき,子供の目をのぞきこんで,救い主に従いたいという,彼らの生まれながらの願いを感じることができます。子供の手を握ってください。一緒に歩いてください。これはわたしたちが,彼らを信仰の道にしっかりととどめる機会です。

    わたしたちが救いの計画について進んで子供に話しているかぎり,道を独りで歩かなければならない子供は一人もいません。計画を理解するなら,子供たちは自分が神の子供であること,自分のために神が用意された計画があること,前世で神とともに住んでいたこと,この地上に来るときに喜びよばわったこと,そして救い主の助けにより,わたしたちは皆,天の御父のみもとへ帰ることができるという真理につかまっていることができます。神の計画と,自分が何者であるかを理解するなら,子供たちは恐れることがありません。

    アルマ書第24章にはこうあります。「神は我らの子供たちを愛するように我らも愛してくださっているので,……将来の子孫と同じように我らにも救いの計画を知らせてくださっている。」2

    わたしたち自身が鉄の棒にしっかりつかまるとき,子供たちに計画について知らせ始めることができます。

    鉄の棒にしっかりつかまっているなら,わたしたちは子供の手を握って細くて狭い道を一緒に歩くことができるのです。親の模範は子供の目に大きく映ります。親の行動は正しいと確信するようになれば,子供は親の模範に従います。わたしたちが完全である必要はありません。ただ正直で誠実であればよいのです。子供は親と一体感を持ちたいと願っています。「一緒ならできるよ!毎日家族で聖文を読もう!」と親が言えば,子供はついて来るでしょう。

    その一例として,4人の幼い子供を持つある夫婦はこう書いています。「子供たちの集中力が短いので,少しずつ読むことにしました。長女はまだ字が読めませんでしたが,わたしたちの言葉を繰り返して言うことができました。そこで,毎晩モルモン書を3節ずつ読み始めました。夫とわたしが1節ずつ読み,娘のシドニーは後について1節読みました。そのうちほかの息子たちも復唱できるようになると4節,そして5節と増やしていきました。確かに時間がかかりましたが,続けました。早く読むことではなく,読み続けることを大切にしたのです。モルモン書を読み終えるのに3年半かかりましたが,すばらしい達成感がありました。」

    母親は続けて書いています。「毎日聖文を読むことは今では我が家の習慣です。子供たちも聖文独特の言葉遣いが苦にならなくなりました。夫とわたしには真理をする機会にもなっています。何よりも,家庭にがより豊かに注がれるようになりました。」

    この家族の経験から分かることがあります。それは,神の言葉にしっかりつかまることが目的であれば,聖文を読むのは1節だけでもいいということです。始めるのに遅すぎることはありません。今から始めることができます。

    親が子供に教えなければ,世の人々が教えるでしょう。子供たちには非常に幼い時期から,この世が教えるあらゆることを学ぶ能力があります。5年後の子供たちに知ってほしいと思うことは,から会話の話題にする必要があります。あらゆる状況で教えてください。子供が困っているとき,選びの結果を受けているとき,試練に直面するときなど,あらゆる機会をとらえて福音の真理にとどまる方法を教えてください。

    シャノンという若い母親がいました。40分程度の道のりを自宅に向かって帰ろうと子供たちとバンに乗り込んだとき,彼女は子供たちに祈りの力について教えることになるとは思ってもいませんでした。祖母の家を出たときまだはまだ来ていませんでした。しかし,谷に差しかかったところで,小雪は吹雪となり,車は路面をスリップするようになりました。間もなく視界がほとんどなくなりました。切羽詰まった状況を感じた年下の二人の子供は泣き始めました。年上の二人で8歳と6歳のハイディとトーマスにシャノンは言いました。「お祈りしてちょうだい。家に無事に着くように,天のお父様の助けが要るのよ。車が動かなくならないように,スリップして道路から飛び出ないようにお祈りするのよ。」ハンドルを握る彼女の手は震えていました。それでも後ろの座席から「天のお父様,無事に家に帰れるように助けてください。道路から飛び出ないように助けてください」と祈るささやき声が続けて聞こえてきました。

    そのうちに,祈りのおかげで下の二人は落ち着きを取り戻して泣きやみました。すると道路が閉鎖されており,それ以上先へは行けないことが分かりました。シャノンは慎重にUターンし,宿泊施設を見つけてその夜はそこに泊まることにしました。到着すると,皆でひざまずいて無事だったことを天の御父に感謝しました。その夜,母親は子供たちに心からの祈りが持つ力を教えたのです。

    今の子供たちはどのような試練に遭うのでしょうか。ジョセフ・スミスのようにわたしたちの子供たちも「必要なことをすべて行う」勇気を見いだすことができます。わたしたちが心を傾けて子供たちをしっかり離さず,祈りと聖文を通して天の御父の計画を教えるなら,子供たちは自分がどこから来て,なぜ今ここにいるのか,これからどこへ行こうとしているのかを知るようになります。

    去年の春,夫と一緒に4歳になる孫のサッカーの試合を見に行きました。子供たちがボールを追って走り回るグラウンドの興奮がどんなものか,皆さんもお分かりになるでしょう。試合終了の笛が鳴ったとき,子供たちはどちらが勝ってどちらが負けたのか分かりませんでした。ただ,試合を戦ったのです。コーチたちに促されて子供たちは対戦チームの選手と握手しました。その後,とてもすばらしい光景を目にしました。勝利のトンネルを作るようにというコーチの呼びかけに,試合を見に来ていた親や祖父母,観客全員が立ち上がり,向かい合って2列に並ぶと,手を伸ばしてアーチを作りました。子供たちは歓声を上げながら,の声を上げる大人が作る道を駆け抜けました。するとすぐに,相手チームの子供たちも加わって,勝った者,負けた者の区別なく,選手全員が大人たちの声援を受けながら勝利の道を走り抜けました。

    わたしの心の目にはもう一つの光景が見えました。子供たち一人一人が御父の計画に従って生きる姿を見ているように感じたのです。それは,天の御父が子供たち一人一人のために立てられた計画です。子供たちは皆,道に沿って歩み続ける喜びを感じながら,自分を愛してくれる観客が作ったアーチを通って,細くて狭い道を走っていました。

    ヤコブはこう言いました。「おお,わたしたちの神の計画の何と偉大なことよ。」3 救い主は「光と生命の道を示し」てくださいました。4 子供たちをしっかりと離さずに救い主の導きに従うとき,わたしたち全員が天の家に帰り,天の御父の御腕の中で安息を得るということを証します。イエス・キリストのにより,アーメン。