教義と聖約の学習
オリバー・カウドリの賜物
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オリバー・カウドリの賜物

教義と聖約第678913章

Oliver Cowdery ca. 1880s

オリバー・カウドリは,眠れずに横たわり思い巡らしました。自分が耳にした話は真実だろうか,と。この22歳の学校教師は,1828年の秋,ニューヨーク州パルマイラにあるジョセフ・スミス・シニアの家に下宿していました。この地域に到着後,間もなくして,オリバーはスミス家の息子ジョセフ・スミス・ジュニアに関する話を耳にするようになりました。天使に会い,金版を見つけたというのです。

興味を募らせたオリバーは,もっと知りたいと思い,下宿先の主人にしきりに尋ねました。ジョセフ・シニアは最初,話すのをためらっていましたが,下宿人があまりに熱心に頼み込むので,ついに根負けしてジョセフ・ジュニアの経験について話して聞かせました。そのようなすばらしい出来事が真実なら,オリバーはぜひとも知る必要があったのです。そこで,オリバーは祈りました。すると,神がオリバーに語りかけられ,彼の聞いた話が真実であるという確証を与えてくださったので,オリバーの心に平安が訪れました。1

オリバーはこの経験についてだれにも話しませんでしたが,金版についてしばしば話題にし,ジョセフ・スミスが翻訳する際に筆記者となるよう,自分が神によって召されていると次第に信じるようになりました。21829年の春,学校の学期が終わると,オリバーは,ペンシルベニア州ハーモニーに向けて旅立ちました。そこは,ジョセフがその妻エマとともに暮らしていた地であり,エマの父親アイザック・ヘイルが経営する農場がありました。

前年の夏に,ジョセフの筆記者を務めていたマーティン・ハリスが原稿を紛失してから,金版の翻訳は一時的に中止されていました。この頓挫にもかかわらず,ジョセフは,天使を通して「主が筆記者を送ってくださると言われたので,わたしはその約束が実現すると信頼しています」と言って母親を安心させていました。3実際,主が送ろうとされていた筆記者とはカウドリであり,ジョセフの父母が驚いたことに,まさしく二人がその備えを助けてきた人物だったのです。オリバー・カウドリがジョセフとエマ・スミスの家に到着したのは1829年4月5日のことでした。

ジョセフとオリバーはわずかな時間も無駄にすることはありませんでした。4月6日に幾つかの用事を済ませた後,翌日から二人は一緒に翻訳作業に取りかかりました。

オリバーへの啓示

数日間,翻訳を続けてから,ジョセフは自分の筆記者に向けた啓示を受けました。この啓示では,オリバーがそれまでだれにも話したことがなかった経験に言及し,オリバーがジョセフ・スミスの預言の賜物について疑念を抱き続けていたことが述べられています。「あなたはこれ以上の証を望むならば,これらのことが真実であるのを知ろうとして心の中でわたしに叫び求めた夜のことを思い出しなさい。わたしはこの件についてあなたの心に平安を告げなかったであろうか。神からの証よりも大いなる証があるであろうか。……疑ってはならない。恐れてはならない。」4教義と聖約6:22-23参照)

オリバーは自分がジョセフのために筆記するよう召されたと信じてハーモニーにやって来ましたが,今は,この地で,主が自分のために他にどのような務めを備えておられるかを知りたいと思っていました。啓示にこのようにあります。「見よ,あなたは一つの賜物を持っている。この賜物のゆえに,あなたは幸いである。これは神聖で,上から来ていることを覚えておきなさい。」その賜物とは啓示の賜物で,この賜物によってオリバーは「奥義を見いだして,多くの人を真理の知識に導き,まことに彼らの行いが誤っていることを納得させる」ことができたのです。5教義と聖約6:10-11参照)主はまたオリバーに,別の賜物についても提示されました。「もしあなたが望むならば,わたしの僕ジョセフのように,翻訳する賜物を授ける。」(教義と聖約6:25参照)

この間にも,オリバーは,ジョセフが自身の賜物を用いて翻訳していることを引き続き証しました。同月,二人は使徒ヨハネの行く末について度々論議を重ねていました。それは,当時人々が大いに関心を持っていたテーマでした。ジョセフの歴史記録によると,二人は異なる考えを持っていましたが,「ウリムとトンミムによって,互いが結論に同意するに至りました。」6その答えはジョセフが翻訳していた羊皮紙に関する示現の中で与えられました。その啓示は現在,教義と聖約第7章となっています。

オリバーの翻訳への望み

ジョセフとオリバーがそれぞれの働きを続けていく中で,翻訳において,より重要な役割を果たしたいというオリバーの望みはますます高まりました。主は彼に翻訳をする機会を与えると約束しておられましたが,オリバーはその機会を得たいと強く願い求めました。そこで,ジョセフは別の啓示を書き取らせました。主の言葉によってオリバーは,彼が望む賜物を得られるという確約を受けました。その条件とは,信仰と正直な心(教義と聖約8:1参照)でした。

啓示の言葉は引き続き,翻訳者になることを望むこの者に,その働きがどのような手順を踏んでなされるかを告げています。主は,「あなたに降ってあなたの心の中にとどまる聖霊によって,わたしはあなたの思いとあなたの心に告げ」てくださいます。啓示は常にこのようにして授けられてきました。この啓示によって,聖霊こそがその手立てであり,すなわち「モーセがイスラエルの子らを導いて乾いた地を通って紅海を渡らせた霊」であると宣言されました。78:2-3参照)

オリバー・カウドリは,聖書にある考え方,言語,慣習が深くしみ込んだ文化の中で暮らしていたので,モーセに言及したこの啓示は,彼の心に深い共感を呼び覚ましたものと思われます。旧約には,モーセとその兄弟アロンが主の御心を現すために杖を用いた話が幾度か記されています(出エジプト7:9-12;民数17:8参照)。それと同様に,ジョセフやオリバーの時代のキリスト教徒の多くが,啓示の手立てとして占い棒を信じていました。カウドリもまた,占い棒を信じ用いる者の一人でした。8

主は,杖を用いるオリバーの能力を御存じでした。「あなたはもう一つの賜物を持っている。それは杖を持って働きをなす賜物である。」9この賜物は神の力によるものであると言明し,啓示は次のように述べています。「見よ,この自然界に働きかけることのできる力をあなたの手にゆだねるのは,神の力をおいてほかにない。それは神の賜物だからである。」続いて啓示は,もしオリバーが望むなら,主はオリバーがすでに持っていた啓示の賜物に加えて翻訳の賜物も与えると述べています(教義と聖約8:8-11)。

オリバー・カウドリの翻訳への試みについて,その詳細はほとんど分かっていませんが,うまくいかなかったようです。彼の試みはすぐに打ち切られたからです。オリバーの失敗を機に,ジョセフ・スミスは別の啓示を受けました。その中でオリバーは次のように勧告されています。「息子よ,忍耐強くありなさい。それはわたしの知恵にかなうからである。現在あなたが翻訳することは適切ではない。」さらにオリバーは,手順を理解していないと告げられ,最初になすべきであったことを教えられました。「あなたは心の中でそれをよく思い計り,その後,それが正しいかどうかわたしに尋ねなければならない。もしそれが正しければ,わたしはあなたの胸の内を燃やそう。」10(教義と聖約9:7-8参照)

回復された権能

翻訳の試みに失敗し落胆しながらも,オリバーは,金版から翻訳を口述するジョセフの筆記者として,再び忠実にその役割を果たし始めました。カウドリは後に次のように記しています。「これらの日々は,決して忘れられないものであった。天の霊感によって語られた声,この胸にこの上ない感謝の念を呼び起こした声の下に坐していたのである。」イエスが自らニーファイの民を教え導かれたという記述に至ったとき,ジョセフとオリバーはその時代にキリストの真の教会を管理する権能を持つ人がいたのか不思議に思うようになりました。二人が特に関心を寄せたのはバプテスマに関する事柄でした。1829年5月15日,二人は翻訳作業に携わっていたスミス家を出て,人目につかない場所を見つけて祈るために,近くの森に行きました。

当時オリバー・カウドリが依然として抱いていたと思われるどのような疑いも,復活したバプテスマのヨハネが「光の雲の中に降り立ち,その両手をわたしたちの頭に置いて」11次のように言ったとき,確かに消え失せました。「わたしと同じ僕であるあなたがたに,メシヤの御名によって,わたしはアロンの神権を授ける。これは天使の働きの鍵と,悔い改めの福音の鍵と,罪の赦しのために水に沈めるバプテスマの鍵を持つ。」(教義と聖約13章参照)その経験はオリバーの信仰を確固たるものにしました。「疑いの余地がどこにあろうか。」後にオリバーはこの出来事についてこう書き記しています。「どこにもない。不確実は消えうせ,疑いは没してもう姿を現すことはなかった。」12