2010–2019
主はわたしたちのために計画をお持ちです
戻る 次へ

主はわたしたちのために計画をお持ちです

今のままの生活を続けていたら,約束されている祝福は成就するでしょうか。

総大会で話者が自分の母国語で話すことを選べる,歴史的な瞬間に立ち会えることは何という特権でしょう。前回この壇上で話したときは,英語のなまりが心配でしたが,今日はポルトガル語のスピードが心配です。映し出される字幕よりも速く話しすぎないようにしたいと思います。

わたしたちのだれもが,過去に大きな決断の瞬間を迎えたことがあるでしょうし,あるいはこれから迎えるでしょう。どちらの仕事を選ぶべきか,伝道に行くべきか,この人は結婚するにふさわしい人かといった決断です。

このように,人生のさまざまな場面において,ほんのわずかな方角の違いが,将来の重大な結果に結びつきます。ディーター・F・ウークトドルフ管長の言葉によれば「何年にもわたって主に仕え……てわたしが学んだのは,ほんの小さな誤りが,しばしば個人,結婚,家族に幸福と悲劇のどちらをもたらすかを決める分かれ道になるということです。」(「わずかな誤差」『リアホナ』2008年5月号,58)

では,どうしたらこのようなわずかな誤差を避けられるのでしょうか。

わたし個人の経験を用いて,今日のメッセージをお伝えしたいと思います。

1980年代の終わり,わたしの家族にはわたしと妻のモニカ,そして今いる4人の子供のうち2人がいました。ブラジルのサンパウロに住み,よい会社に勤めていました。わたしは大学の学業を終え,かつて住んでいた地域のワードのビショップを解任されたばかりでした。全てが順調で,何の問題もなく思えました。それがある日,昔の友人の訪問を受けて,変わったのです。

帰り際に,友人から投げかけられた一言と質問で,わたしの思いは一変しました。彼は「カルロス,君自身も,家族も,仕事も,教会の責任も,何もかもうまくいっているようだね。でもね」と言った後,このように尋ねたのです。「もし君が今と同じ生活を続けたとしたら,君の祝福師の祝福で約束されている祝福は成就するだろうか。」

わたしは自分の祝福師の祝福についてそのように考えたことはありませんでした。折に触れて読んではいましたが,将来に約束されている祝福に目を向けて,自分が現在どのように生きているかを評価しながら読んだことはなかったのです。

友人と話した後,わたしは自分の祝福師の祝福に意識を向け,「もし自分たちが今のままの生活を続けていたら,約束されている祝福は成就するだろうか」と考えました。しばらく思い巡らした後,特にわたしの教育と仕事に関して,改善する必要があると感じました。

これは,何が正しく何が間違っているかという選びではなく,何が良く,何がより良いかという選びでした。ダリン・H・オークス長老は次のように語っています。「さまざまな選択肢を考慮するとき,『良い』というだけでは不十分であることを覚えておく必要があります。『より良い』選択肢もあれば,『最も良い』選択肢もあるのです。」(「良いこと,より良いこと,最も良いこと」『リアホナ』2007年11月号,105)

では,自分が最も良いことを選んでいることを,どのように確信できるのでしょうか。

わたしが学んだ原則を紹介しましょう。

原則1―最終的な目標を思い描きながら,選択肢を検討する必要がある

わたしたちの人生や,愛する人々に影響を与えるような決断をする際,その決断によってどのような結果がもたらされるかについて,より広い視野を持たなければ,危険が伴います。しかし,その決断によって将来起こり得る結果を考えるなら,現時点でどれが最も良い道かが,さらにはっきりと見えてきます。

自分が何者であり,なぜここにいるのか,主はこの世でわたしたちに何を期待しておられるかを理解することによって,わたしたちに必要な,より広い視野が与えられます。

聖文の中には,より広い視野を持つことによってどの道を選ぶべきかがはっきりと示された例が出てきます。

モーセは顔を合わせて主とお話をし,救いの計画について学ぶことにより,イスラエルの集合を担う預言者としての自分の役割を,さらによく理解することができました。

「神はモーセに言われた。『見よ,わたしは全能の主なる神であり,……

わたしはあなたに,わたしの手で造られたものを見せよう。……

わたしはあなたに一つの業を用意している。』」(モーセ1:3-4,6

これを理解することで,モーセは荒れ野で何年にも及ぶ艱難に堪え,イスラエルを祖国に導き戻すことができたのです。

モルモン書の偉大な預言者リーハイは,夢を見ました。その示現の中で,自分には家族を約束の地へ導く使命があることを知りました。

「そして,主は夢の中で父に,家族を連れて荒れ野へ出て行くように命じられた。

……父は自分の家や受け継ぎの地,金や銀,貴重品を後に残し……た。」(1ニーファイ2:2,4

リーハイは,居心地よいエルサレムでの生活を捨てて,旅する中でさまざまな困難に遭っても,この示現に忠実であり続けました。

預言者ジョセフ・スミスはもう一人の偉大な模範です。最初の示現をはじめとする多くの啓示を通して,あらゆるものを回復するという自分の使命を果たすことができました(ジョセフ・スミス―歴史1:1-26参照)。

では,わたしたちはどうでしょうか。主はわたしたち一人一人に何を期待しておられるのでしょうか。

それを理解するのに天使に会う必要はありません。わたしたちが導きを得て決断するために,聖文や神殿,生ける預言者,祝福師の祝福,霊感を受けた指導者,そして何よりも,個人の啓示を受ける権利が与えられています。

原則2-やがて来る試練に備える必要がある

人生の最も良い道が最も平坦な道であることはめったになく,逆に,その反対であることがほとんどです。今わたしがお話しした預言者の模範に目を向けることができます。

モーセもリーハイもジョセフ・スミスも,正しい決断をしましたが,平坦な道は歩みませんでした。

わたしたちは自分の決断に対して,進んで代価を払おうとしているでしょうか。より良い場所にたどり着くために,慣れ親しんだ場所を後にする用意はできているでしょうか。

わたしの祝福師の祝福の経験に話を戻しましょう。当時わたしは,さらに教育を受けるためにアメリカの大学の奨学金を申請するべきだという結論にたどり着きました。もし認められれば,仕事をやめ,持ち物全てを売り払い,アメリカに渡り,そこで2年間,奨学金を受けて学生として暮らすことになります。

TOEFL(トーフル)やGMAT(ジーマット)(訳注―いずれも,アメリカの大学に留学する際に必要なテスト)などのテストが,最初に克服すべき試練になりました。3年という長い月日を準備に費やし,多くの大学から断られたり,可能性はあると言われたりし続けた後,ようやくある大学から許可をもらいました。3年目の終わりに,奨学金の担当者から受けた電話は今も忘れられません。

彼はこう言いました。「カルロスさん,いいニュースと悪いニュースがあります。いいニュースは,あなたが今年の最終選考の3人に選ばれたということです。」その年選ばれるのは,1人だけでした。「悪いニュースは,3人のうちの1人は,ある重要人物の息子で,もう1人も別の重要人物の息子なんです。そして,もう1人があなたです。」

わたしはとっさに答えました。「わたしは……神の息子ですよ」と。

幸い,この世の父親の七光りは効かなかったようで,わたしはその年,1992年の奨学生として選ばれました。

わたしたちは全能なる神の子供です。神はわたしたちの御父であり,わたしたちを愛し,わたしたちのための計画をお持ちです。わたしたちがこの世に生きているのは,ただ時間を無駄にし,年を取って死ぬためではありません。神はわたしたちが成長し,その可能性を最大限発揮するように望んでおられます。

トーマス・S・モンソン大管長は次のように語りました。「独身であるか結婚しているかに関わりなく, また年齢に関係なく, 皆さん一人一人には学び成長する機会が与えられています。神から受け継いでいる可能性を最大限に発揮するために,知的にも霊的にも知恵を増し加えてください。」(「扶助協会の偉大な力」『聖徒の道』1998年1月号,117)

原則3―このビジョンを,愛する人々と共有する必要がある

リーハイは,家族が選ぼうとしていた変化の大切さについてレーマンとレムエルが理解できるように何度も助けようとしました。二人は父親の抱いていたビジョンを受け入れなかったため,旅の途中で何度もつぶやきました。一方,ニーファイは,父親が見たものを自分も見たいと思い,主に願い求めました。

「わたしニーファイは,父が示現の中で見たこと……について,父の言葉をすべて聞いた後,わたし……もまた,聖霊の力によってこのようなことを見聞きし,また知りたいと思った。」(1ニーファイ10:17

このビジョンがあったので,ニーファイは旅の試練を乗り越えられただけでなく,必要なときには家族を導くこともできたのです。

ほとんどの場合,わたしたちがある道を選ぼうと決心するとき,わたしたちの愛する人々もその影響を受けます。その決断によって,わたしたちと同じ結果を身に受ける人もいます。いつもそうなるとは限りませんが,理想としては,その人々もわたしたちと同じビジョンと確信を持てるなら,旅はずっと容易になります。

先ほどお話ししたわたし自身の経験では,間違いなく妻の支えが必要でした。子供たちはまだ幼く,何か意見を言ってくることはありませんでしたが,わたしの妻の助けが不可欠でした。まず,妻のモニカが安心して決断できるまで,今後の計画の変更について二人でじっくり話し合う必要があったことを覚えています。ビジョンを分かち合うことによって,彼女はその変化を支えてくれるだけでなく,成功させるために不可欠な存在になりました。

この世で生活するわたしたちのために,主が計画をお持ちであることを知っています。主はわたしたちを御存じです。わたしたちにとって最も良いものは何かを御存じです。時折,全てが順調なときでも,もっと良い何かがあるのではないかと考える時間を取る必要があります。今のままの生活を続けていたら,約束されている祝福は,成就するでしょうか。

神は生きておられ,わたしたちの御父であられます。救い主イエス・キリストは生きておられます。主の贖いの犠牲によって,わたしたちは日々受ける試練を乗り越える力を見いだせると知っています。イエス・キリストの御名により,アーメン。