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へブル人への手紙への導入


へブル人への手紙への導入

なぜこの書を研究するのか

ヘブル人へ宛てた使徒パウロの手紙は,イエス・キリストの優位性を証しています。主は天使たちよりも偉大であり,より優れた名前を持ち,より高い召しを受けておられます。天使たちは神の僕ですが,イエス・キリストは神の御子であられます。またヘブル書は,イエスがモーセよりも偉大であり,イエスの務めがモーセの律法のもとにある古い聖約よりも優れた,新しい聖約をもたらしたことを教えています。メルキゼデク神権の偉大なる大祭司として,主の神権はモーセの律法に基づく大祭司の神権よりも偉大です。

聖文にはイエス・キリストの贖いの犠牲,復活,昇天についての多くの記載が見られますが,ヘブル人への手紙は,従順と信仰をもって主に改宗する全ての者の生活の中で,贖い主が現在も行われている御業を強調しています。ヘブル書の研究は,贖罪の教義をよりよく理解し,天の御父とイエス・キリストへの信仰を持って生活するよう促します。

誰がこの書を書いたのか

たいていの末日聖徒は,パウロがヘブル人への手紙を書いたと認めています(『聖句ガイド』「パウロの手紙」参照)。しかしながら,この手紙の表現や言葉遣いがパウロのその他の手紙とは異なるために,パウロがこの手紙を書いたかどうか疑問視する人もいます。著者がパウロでなかったにせよ,ヘブル人への手紙に見られる教義はパウロの他の手紙と一致していることから,その概念はパウロによるものであると一般的に受け入れられています。預言者ジョセフ・スミスは,ヘブル人への手紙の言葉が使徒パウロに由来するものであるとしています(『歴代大管長の教え—ジョセフ・スミス』105参照)。この手引きの目的上,パウロがヘブル書の著者であるとします。

いつ,どこで書かれたか

パウロのヘブル人への手紙が書かれた場所は分かっていません。また,書かれた正確な時期も分かっていません。しかしながら,多くの人たちはこの書がピリピ,コロサイ,エペソ,ピレモンへのパウロの手紙と同じ時期に近い紀元60-62年前後に書かれたと推測しています(『聖句ガイド』「パウロの手紙」参照,scriptures.lds.org)。

誰に向けて,なぜ書かれたか

パウロは,ユダヤ人の教会員たちにイエス・キリストを信じる信仰を維持し,かつての慣習に戻らないよう励ますためにヘブル人への手紙を書きました(へブル10:32-38参照)。さまざまな苦難の重圧から,これらユダヤ人キリスト教徒の多くが教会から離れ,比較的安全な会堂でのユダヤ教の礼拝に戻りつつあったようです(へブル10:25,38-39参照)。パウロは,これらのユダヤ人キリスト教徒たちに,モーセの律法自体が救いの真の源として,イエス・キリストとその贖罪を指していることを示したいと願っていました。

この書の特徴は何か

ヘブル人への手紙は厳密に言うと,手紙というよりは,イスラエルの聖文と慣習に繰り返し言及する説教の延長のようなものです。それは,イエス・キリストが,なぜ,どのように全てのものより優れているかについて述べている,聖典の中で最も長い説教です。

律法を与えられたのがイエス・キリストであることから,イエスは律法よりも偉大であると,ヘブル人への手紙は教えています。預言者が主を信じる信仰を通して力を与えられたこと,主が旧約の時代の犠牲を成就された偉大な大祭司であられること,主が天使に勝っておられること,そして贖いの犠牲によってわたしたちが罪の赦しを受けられることについても,ヘブル人への手紙は教えています。

ヘブル書は,預言者メルキゼデク(ヘブル7:1-4参照)と彼にちなんで名付けられた神権(へブル5:5-6,10;6:20;7:11-17参照)について読むことができる,聖書の中でも数少ない書の一つです。メルキゼデク神権はアロン神権より偉大であり,モーセの律法やレビの祭司によって執行される儀式に救いが見いだされるのではなく,イエス・キリストとメルキゼデク神権の儀式によって可能になることを,ヘブル人への手紙は教えています(へブル7:5-28参照)。へブル11:1-12:4には,信仰についての重要な講話が記録されており,個人がどのようにイエス・キリストを信頼することができるかを教えています。(Bible Dictionary, “Pauline Epistles”の項参照)

概要

へブル1-6章 イエス・キリストは御父の本質の真の姿である。イエス・キリストは,天使やモーセを始めとするイエス以前の全ての預言者よりも偉大であられる。エジプトから救い出された古代イスラエルの民は,イエス・キリストとその僕モーセに対して心をかたくなにしたために,主の安息に入ることができなかった。偉大なる大祭司として,イエスは全てのモーセの律法の大祭司よりも優れておられる。御自身の苦しみを通して,キリストは完全なお方になられた。わたしたちは,福音の教義と儀式を通して主の安息に入り,「完成を目ざして進〔む〕」ことができる(へブル6:1)。

へブル7-13章 メルキゼデク神権は福音を管理運営し,アロン神権よりも偉大である。幕屋とモーセの律法の儀式は,キリストの務めの予型であった。イエス・キリストは,御自身の血を流すことを通してモーセの律法を成就された。これによってわたしたちは救いと罪の赦しを得ることができるようになった。信仰によって,預言者やその他の男女は義にかなった業や奇跡を行った。