リアホナ
独身者を独りにしないために

インクルージョン

独身者を独りにしないために

筆者はアメリカ合衆国アラバマ州在住です。

独身の会員が教会で打ち解けた気持ちになれるよう,あなたとあなたのワードは何ができるでしょうか。この記事では,幾つかの行いを提案します。

イラスト/ヨハンナ・ハーガー

「ワード大会の次の集会を始めるに当たって,移動して家族と一緒に座ってください。」

このような言葉を聞くといつも,わたしは少々ばつが悪い思いをします。独身の男性の教会員であるわたしは,どこに座ればよいのでしょうか。時には,ほかの人たちも,わたしがどこに座ればよいか,あるいは収まればよいかが分からないようです。結婚しているか否かにかかわらず,だれもが歓迎され受け入れられていると感じられるようにするため,わたしたちは福音の家族として何ができるでしょうか。以下の3つのアイデアが役に立つかもしれません。

ワードの習慣を見直す

回復された福音は,わたしたちが永遠の家族についてのすばらしい教義を理解するための助けになります。しかし,教義の周辺にある一部の文化的習慣によって,わたしは結婚していない人たちが自分は教会において重要な会員ではないと感じている様子を見てきました。

例えば,わたしが出席したことのあるワードでは,集会の開会と閉会の祈りを夫婦だけに頼んでいました。独身の男性がビショップリックに召されたとき,ワードの会員が懸念を表明するのを耳にしたこともあります。こうした小さな行いによって,結婚していない人たちが教会で打ち解けた気持ちになる前に克服しなければならない感情的な障壁ができてしまう可能性があります。

あなたやあなたのワードが皆を輪の中に迎え入れるために,変えられる習慣はありませんか。これは,ビショップリックやワード評議会が検討する価値のある問いかもしれません。

気づかないうちに除外することのないよう注意する

インクルージョンを実践していると思っている人でも,気づかないうちに排他的になってしまうことがあります。例えば,託児指導者として奉仕していたとき,わたしは教会の集会の2時間目に伝えられる発表事項を聞き逃すことがよくありました。ある指導者にこの件について話したところ,その人は,「でも,あなたの奥さんが扶助協会で発表事項を聞いてくるんじゃない?」と言いました。

そのとき,わたしはただ笑っただけでした。しかし,この善良な男性の返答は,わたしを除外する思考の表れの代表的な例なのです。わたしたちはともに集う教会員を,結婚している男性と女性,そして子供から成る「ファミリーワード」の一員として見ているでしょうか。それとも,互いを思いやり,強め合う個人から成る「ワードファミリー」の一員として見ているでしょうか。どちらの見方も大切です。わたしたちは,ワード内の家族に意識を向け続ける一方で,それぞれの個人と知り合い,その境遇,関心,必要としているものを知ることができ,それによって,気づかないうちに排他的になるのを防ぐことができるでしょう。

家族の輪を広げる

ワード大会の際に家族で一緒に座るようビショップリックの兄弟が言ったとき,だれかがわたしの肩をたたきました。

「次の時間,わたしの家族の一員になるというのはどうかしら」と,その親切な姉妹は言い,自分の夫や子供たちと一緒に座るようわたしを招いてくれました。わたしに思いやりを示し,歓迎されていると感じてほしいと思ってくれるこの姉妹のような人たちに,わたしは感謝しています。ほかにもそのような人の例として,自分の家族が行う毎週の家庭の夕べにいつもわたしを招いてくれるビショップが挙げられます。

フェローシップの輪を広げることで,あなたの家族はだれを助けられるでしょうか。完璧な努力をする必要はありません。ただ招くだけで,大きな影響をもたらすことができます。

独身の聖徒たち:善を行う力強い軍勢

わたしは多くの良い人間関係を持ちながら充実した生活を送っていますが,さらに多くを望む思いが強いとき,寂しさや満たされなさを感じることが度々あります。ほかの結婚していない聖徒たちとの会話から,このような気持ちは広く見られるものだと確信しています。

しかし,わたしは自分を哀れだとは思わないように努めています。わたしのように結婚していない人たちも,ほかの人たちの人生において善を行う力強い軍勢になることができます。わたしたちは,友人,愛する家族,ワードやステーク全体を強めるのを助けることができます。教会は,わたしたちを必要としています。わたしたちは,つながりを築く責任をほかの人たちの手に委ねるべきではありません。ワードで自分を紹介し,自発的に奉仕し,自分が必要としているものをはっきりと口に出すことができます。

人生のどの時点においても,どのような人間関係を築いていたとしても(または築いていなくても),寂しさや満たされなさを感じる時はやって来ます。天の御父に近づき,その愛をより多く感じられるようになることで,わたしたちは善を行い,喜びを見いだし,兄弟姉妹とつながるための力をより多く得ることができます。