「YAウィークリー」から
物事が解決不可能に思えるときは、自分自身を「霊的な整備士」に連れて行きましょう
悔い改めは、車を修理するのに似ています。時には、専門知識を持った人の助けが必要なこともあります。
16歳の時、祖母の古い67年式ムスタングを修理することにしました。これまでも車を整備したことはありましたが、この種類のエンジンは初めてで、不具合も多くあるようでした。修理する唯一の方法は、エンジンを取り外し、分解し、組み立て直すことでした。
エンジン修理の本を買って、最初から最後まで3回読み通し、構造を学びました。古い部品は全部修理して交換しましたが、いざエンジンを始動させると、事態は悪化しました。文字通り、火の粉を吹いてしまったので、
勉強し直すことにしました。エンジンの一部を曲がった状態ではめていたことに気づいたので、調整して再びエンジンをかけました。
すると、エンジンがかかりはしたものの、 ひどい音がしました。最初の時よりも具合が悪そうだったので、再度エンジンを取り外してやり直すしかありませんでした。がっかりし、苛立ちを感じました。すごく頑張ってはみたものの、直すどころか何が悪かったのかさえ分かりません。
失敗したように思えました。
人間、だれしも失敗することがあるので、皆さんもそうした経験があれば、同じように感じたことがあるかもしれません。過ちや罪を犯すとき、自分自身の「霊的なエンジン」をどのように修理すればよいのか分からないこともあります。幸いなことに、わたしたちには愛する指導者、すなわち「霊的な整備士」がいて、赦しを求めて救い主に向き直るとき助言を与えてくれます。
直せないものはない
罪を犯したとき、悔い改めには自分の間違いを認め、それを正すために必要な行動を取り、その変化を持続させることが含まれます。
それは常に簡単なこととはかぎりません。時として、変わりたいと思って最善の努力を尽くしても同じ習慣に戻ってしまうこともあります。罪を乗り越えることが不可能に思えることさえ、あるかもしれません。
しかし、それは真実ではありません。
救われないことは、決してないのです。見た目のひどかった祖母の車でさえ、修理することができました。
ただ、特別な助けが必要だったので、
エンジンに詳しい整備士に車を見てもらい、問題を特定することができました。整備士は車を直し、今後エンジンを正しく作動させることができるように、直し方を教えてくれました。わたしより知識を持ち、それを共有してくれた人のおかげで、取りかかった修理が失敗に終わらず安堵しました。
自分の「霊的エンジン」が故障したとき、あるいは完全に止まってしまった場合は、悔い改めにより「霊的推進力に火をつける」ことができます。自分より賢明なリソースから助けを得ることで、その具体的な方法を知ることができます。
独りではない
ビショップや支部会長に罪を告白することは、恥ずかしさや怖さを感じるかもしれませんが、羞恥心は神から来るものではありません。中央若い女性会長会の第一顧問である、タマラ・W・ルニア姉妹は、最近このように教えました。「神はわたしたちの間違いを気にかけてくださいますが、間違いを犯したあとのことをもっと気にかけてくださると、わたしは証します。」
悔い改めに助けを要することは、弱さの表れではありません。それは、天のお父様のプロセスと導きを信頼する謙虚さを持っていることの表れです。
だからこそ、スコット・D・ホワイティング長老は次のように強く促しています。「あなたを愛し、支援する人々から隠れるのではなく、むしろ走り寄ってください。」善良なビショップや支部会長、指導者は、イエス・キリストの贖罪の癒しの力を得られるようにあなたを助けることができます。」
こう考えてみてください。わたしが車のエンジンに関して整備士を訪れた際、馬鹿にされることもなければ、追い返されることも、自分でどうにかするように言われることもありませんでした。車の問題を直すことが彼の仕事なのです。
同じように、ビショップの役割は、ワードの会員がイエス・キリストに従うことができるように助けることです。そこには、悔い改めに関することも含まれます。何と言っても、ビショップの「最も重要な責任は、ワードの若い世代に対する責任です。」 あなたもその一人です!
ビショップや支部会長に助けを求めたからといって、負担をかけているなんてことはありません。彼らの役割は、あなたを批判したり、問いただしたりすることではありません。皆さんを助け、霊的な力と精神的力の源、特に贖い主のもとに導くことが彼らの役割なのです。
だれかが理解してくれる
たとえビショップが同じ経験をしていなかったとしても、イエス・キリストが理解し、会話の中で助けてくださいます。救い主がいてくだされば、直せないものなどありません。
わたしは、過ちを正そうとするときに、主がともに歩んでくださるのが分かります。主は、わたしが為すべきことを行えるようにしてくださいます。主から与えられる導きや指示や助けに心から感謝しています。時折火の粉を吹くようなことがあっても、主はわたしの「霊的エンジン」を健全に保ち、聖約の道を前進できるようにしてくださいます。