インスティテュート
純粋な意味においての防御


純粋な意味においての防御

2004年 2月6日,ボイド・ K・パッカー会長との夕べ

5年前から始まっていた第二次世界大戦が突然終末を迎えました。それは突然のことでした。わたしは分からないながらも自分が何かを手にしようとしていることを感じていました。それは未来に対する期待でした。それは何か違った感覚でした。人は自分の将来に対して何をするのでしょうか。

わたしは沖縄の北西部の海岸から遠く離れた海上に浮かぶ小島,伊江島にいました。数日前に襲った台風によって,島は壊滅状態に陥っていました。大きな船が沈没し,飛行機は島から避難しなければならないほど猛烈な台風でした。嵐が去り,戦争が終わって,わたしは将来を考えるようになっていました。

月の光が降り注ぎ,空気が澄み渡り,あたりは静まりかえっていました。わたしはその夜に,海岸線の断崖に独りたたずんでいました。今はないでいる海はわずか数日前に大きなうねりとなって断崖の上にまで達していました。わたしは思い巡らし,祈りながら何時間もそこにいました。そして自分の将来をどうするかを決意しました。教師になることを決意しました。

高校を卒業していましたが,成績は特に優れていたわけでもなく,本当に普通でした。わたしには,回復されたイエス・キリストの福音に対して燃えるような証がありました。それまで毎日続けてきた勉強から聖文についての知識が幾らかありました。何を教えるつもりかは考えていませんでした。実際的なこの世の学問を修めることは可能でした。

大学では懸命に勉強しました。空軍のパイロットとして兵役に就いていた間に取得した航空学の単位が認められたために,卒業までの期間を1年短縮することができました。教育学の学士号を取得し,そして最も大切な,妻と二人の息子を手にしました。

セミナリーの教師を務めていたジョン・ P・リリーホワイト兄弟がオランダ伝道部長に召されたため,わたしは年度の途中でその代役として採用されました。わたしは自分の将来が見えてきました。

今しているように教師の前に立って話をするようになるとは思っていませんでした。わたしは当時,クラスの教師として教えることに満足していましたし,そのままであったとしても現在も満足していただろうと思います。そしてわたしの妻も同じ考えだったと思います。

現在の召しを受けているからといって,教師として勤勉に一生を過ごすことによってもたらされる報い以上のことを望むような気持ちはありません。

けれどもわたしたちは今ここにいます。わたしたちと申し上げるのは,妻が一緒だからです。今後どれほど生きられるか分かりません。それほど長い年月ではないと思います。けれども御父と御子に対する確かな証と,聖霊という言葉にならないほどすばらしい賜物を受けています。

わたしたちは聖なる森において少年ジョセフを訪れた,目に見えない世界から来た御方が常に身近におられることを知っています。なぜなら,ペテロが語ったように,「身を慎み,目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が,ほえたけるししのように,食いつくすべきものを求めて歩き回っている」からです。(1ペテロ5:8

さて,道徳,社会,政治,さらに知的な標準に照らしてみると,わたしたちは衰退に向かって突き進んでいるようです。しかし同時にサタンは最終的に勝利を収めることができないこともわたしたちは知っています。

教会教育システムには4万人近くの教師がいます。必要度から考えれば,それほど多くはありません。けれども,わたしはウィンストン・チャーチル卿が第二次世界大戦の暗雲に包まれていたときに,ほとんど勝ち目のない敵に向かっていったわずかな数のイギリス空軍パイロットに語りかけた言葉を思い出します。チャーチル卿はこう語りました。「人類の戦いにおいては人数の多寡が勝敗を決めるのではありません。」1

1983年10月にわたしは南アメリカから戻るとほとんど同時に,初めての地区大会が開かれるロンドンで待っているニール・ A・マックスウェル長老と合流するため,ロンドンに向けて出発しました。わたしは大管長会の一員の代理として参加しました。この最初の地区大会は実験的な要素を持っていました。

ハイドパークの礼拝堂で4時間にわたる神権会が開かれました。最初に壇上に立ったマックスウェル長老はベニヤミン王の言葉を引用して,「兄弟たち,わたしたちがここにいるのは言葉を軽んじるためではありません。」(モーサヤ2:9参照)次に語ったマックスウェル長老の言葉がわたしの人生を変えました。「わたしたちは主イエス・キリストのまことの使徒として皆さんを訪れています。」

突然,わたしの体は暖かいものと光に満たされました。旅の疲れが吹き飛んで,自信と確信にあふれました。わたしたちの行ったことは主から承認をいただきました。

皆さんがそれぞれに経験している霊感を受けた瞬間と同じように,わたしもその瞬間を忘れることができません。このような瞬間は,回復されたイエス・キリストの福音が真実であることを確認してくれます。

思い出の書

この集会に出席するために準備をしていた間,わたしは自分の思い出の書を閉じておくことができませんでした。

アイダホ州モスコーで最初のインスティテュートを開いたJ・ ウィリー・セッションズを思い出します。彼は長身で,いつも笑みを絶やさない人でした。

ソルトレークの山間部の東にある発電所の技師として働いていたトーマス・ J・イェイツは毎日馬を駆って峡谷を下って,グラナイト高校で最初のリリースタイム・セミナリーを教えました。わたしはイェイツ兄弟を知りませんでしたが,彼の後任の教師たちを思い出すことができます。

農学の教師だったエイベル・ S・リッチはブリガム・シティーの高校の通りを隔てた向かいにあったレンガ造りの家で2番目となるセミナリーを開設するために採用されました。A・ セオドア・タトル長老とわたしがそこで教えていたときに彼は校長を務めていました。

タトル兄弟は海兵隊の中尉でした。硫黄島で彼は大きな国旗を取りに行くため,船に戻りました。そして海岸まで持ってきて他の兵士に渡したその国旗は,擂鉢山の頂に掲げられて,歴史の1ページを飾ることになったのでした。

タトル兄弟とわたしは中央幹部に召される以前に,ウィリアム・ E・ベレットが管理するセミナリーとインスティテュートのスーパーバイザーとして一緒に教え,働きました。

ベレット兄弟はユインタベイスンでセミナリーを開設しました。彼は夏の間,町から町を巡って,自分のクラスに出席する生徒を集めました。ベレット夫妻の最初の子供はそこで生まれ,そこで埋葬されました。ベレット兄弟姉妹は車の後部座席に座って墓地に向かいました。そして彼の膝の上には自分で作った小さな木製の棺が載せられていました。

ワイオミングのビッグホーンベイスンでセミナリーを開設するために派遣されたエライジャ・ヒッケンをわたしは知っています。誰も彼を歓迎しませんでした。命を付け狙うグループさえいました。しかし,祝福師は祝福を与えて,彼の命が守られることを約束しました。その祝福から力を得たヒッケン兄弟は身につけていた六連発拳銃をはずして,毎日クラスへ向かいました。

1950年代にわたしたちはステーク教育管理会を設けました。おそらく実際にあったことでしょうが,次のような話が伝えられていました。あるセミナリーの教師は聖文を勉強する必要性をステークの指導者たちに理解してもらえないという悩みを抱えていました。

そこで,指導者たちの聖文の知識をテストするためにクイズを行うことにしました。最初の質問は,「エリコの城壁を崩壊させたのは誰ですか」というものでした。それから議論が戦わされました。

最終的にステーク会長がこう言いました。「誰が城壁を壊しても大した違いはないでしょう。修理すればいいですよ。費用はステークの予算から出しますから。」

イングランドで,わたしはある聖餐会に出席しました。聖文について話したセミナリーの教師がこのように言いました。「では教義と聖約からモーサヤの 3章を読んでみたいと思います。」誰も笑いませんでした。わたしたちがなすべきことはまだ終わっていないようですね。

わたしがセミナリーを教え始めた頃,教科書は3冊ありました。それぞれ旧約聖書,新約聖書,教会歴史に関するものでした。ブリガム・シティーでは,さらにモルモン書のクラスを追加しました。

旧約聖書の教科書は絶版になっていました。それを手に入れることは非常に困難でした。月例のグループ集会が開かれるときは,教科書を隠して出席しました。もし持って行ったら,その貴重な資料は消えてなくなることが分かっていたからでした。

セミナリーの建物にはレコードプレーヤーがあって,14インチのレコード版に収録された聖書物語を再生していました。教室にプロジェクターはありませんでした。

教科課程

現在の皆さんにはコースの概要,視覚教材,各種の機器,建物があります。いずれもかつてあったものよりも優れたものばかりです。

皆さんの教科課程は聖典です。旧約聖書,新約聖書,モルモン書,教義と聖約,高価な真珠です。他に,生ける預言者と使徒の教えからなる資料があります。聖霊の力によって導かれるときに,彼らの言葉は聖文となると啓示の中で告げられています(教義と聖約1:38参照)。

警戒しなさい

再びわたしの思い出の書から引用したいと思います。

1930年代の初期に,高等学問と呼ばれたインスティテュートが出現しました。彼らが相手にしていた大学の学生たちから受け入れてもらうには,世の中の承認を受けることが必要だと彼らは考えました。

この姿勢は多くのセミナリーにも影響を及ぼしました。啓示によって与えられた教義や聖文よりも同時代の社会的価値に重きを置いた教科過程の開発を手がける人たちもいました。

何人かの教師は優れた聖書学者のもとで行った研究に対して修士や博士の学位を授与されることになっていました。彼らは信仰による学問ではなく,「最良の書物から」学問を求めていました(教義と聖約88:118109:7,14)。彼らは学位を取得しましたが,回復されたイエス・キリストの福音との関連が希薄になり,またおそらくは関心をも失っていました。

一部の宗教学教師によるこの逸脱した行為は教会の評議会の耳にまで達しました。中央幹部の兄弟たちは事態を憂慮しました。そして1938年にセミナリーとインスティテュートの職員全員がアスペングローブで開かれた夏季研修会に集められました。

J・ ルーベン・クラーク ・ジュニア管長は大管長会を代表して,「教育に関する教会の指針」と題する画期的な講演を行いました。2これは発表された当時と同様,今日も大切に扱われている講演です。皆さんもきっとこの資料を何度も読んでいることでしょう。今夜,皆さんの教師として,もう一度それを読むよう割り当てます。

わたしは道を迷い出てしまった人たちのほとんど全員を知っています。彼らは福音の単純な事柄を受け入れられなくなっていました。中には教会の教えを離れ,自分にとって居心地の良いと考えた俗世の学問において名を成し遂げた人もいました。彼らは次第に教会外の活動や教会外の人々に関心を向けていきました。それぞれ追従する生徒たちを率いて行きました。それは大きな代償となりました。

わたしは彼らの状況をその後もずっと見てきました。彼らの子供,孫,そしてひ孫たちは教会の忠実な会員の中に数えられていません。

それと同様のことが再び起きました。1954年,セミナリーとインスティテュートの職員はブリガム・ヤング大学で開かれた夏季研修会に呼ばれました。十二使徒定員会のハロルド・ B・リー長老が教師を務めました。一日に2時間,1週間に5日,5週間にわたってリー長老と他の十二使徒がわたしたちを教えました。J・ ルーベン・クラーク ・ジュニア長老は2度にわたって壇上に立ちました。このようにして,わたしたちは正しい道に引き戻されたのでした。

しかしながら,幸いなことに,学問のために道をそれ,そして戻って来た人のほとんどは,それぞれの経験を生かし,修士や博士の学位を手にしてきました。世にあって世のものとならないことが可能であることをはっきりと知って彼らは戻って来たのでした(ヨハネ17:14-19参照)。

注意してください。この種のことに十分な注意を払っていないと同じことが起こり得ますし,また起きてきました。皆さん一人一人が注意していなければなりません。基本的な教義よりも学問的な業績を重視する人々,いわゆる人生の現実に生徒の目を向けさせようとする人々に心が傾いている自分に気づいたら,彼らから遠ざかってください。

危険な道

わたしの少年時代には,あらゆる地域で小児病が定期的に流行しました。誰かが水ぼうそうやはしか,おたふくかぜにかかると,郡の保健所係員がその家にやって来て,玄関を釘で打ち付けてその家を閉鎖してしまうか,他の人が近づかないように検疫の表示を窓に貼り付けていったものでした。我が家のような大家族では,これらの小児病は交代でやって来て,子供たちにお互いに伝染したため,検疫の表示は何週間も貼り付けられたままでした。

わたしが中学生の時代に,流行病が発生したことを先生が保健の授業で発表しました。ある母親は近所の子供が水ぼうそうにかかったことを知って,自分の子供にうつる可能性があることに気づきました。その母親は全員が一度に感染してしまう方がよいと考えました。

そこで感染させるために子供たちを近所の子供たちと遊ばせました。そしてそのとおりに感染しました。ところが彼女の家を訪れた医者は,流行しているのは水ぼうそうではなく,天然痘だったことを知らされたとき,母親がどれほどの恐怖を感じたかを想像してみてください。

「神の言葉を民に教える」

思い出の書を閉じて,本題に戻りましょう。

「すでに主から務めを託されていた」(モルモン書ヤコブ1:17)ヤコブが神殿の中で教えたように,わたしは皆さんに話したいと思います。ヤコブと弟のヨセフは民の祭司と教師に任じられていました。

「そして〔彼ら〕は,もし〔彼ら〕が力の限り神の言葉を民に教えなければ,民の罪を〔彼ら〕の頭に受けるという覚悟で責任を受けたので,主に対して〔彼ら〕の務めを尊んで大いなるものとした。」(モルモン書ヤコブ1:19

世の人々とキリスト教の諸教会は旧約聖書を重要視していません。しかし,旧約聖書にはアロン神権,メルキゼデク神権,族長,エホバ,儀式,聖約,その他多くの言葉に見られるように教えのかけらがちりばめられています。贖いの計画を理解しているわたしたちはそれらのかけらが基本的に関連を持っていることを知っています。

新約聖書から生徒たちは主の生涯と教えを学びます。

皆さんは生徒に,背教,神権の回復,ジョセフ・スミス,末日聖徒イエス・キリスト教会の設立について教えてください。主は自らこの教会を,「全地の面に(ある)唯一まことの生ける教会」と宣言されました(教義と聖約1:30)。

モルモン書の真理を十分に教えてください。そして生徒が実際に試して,約束を手にするように,真理という防具を身に着けるよう導いてください。

モルモン書が勧めているように,生徒一人一人が「これが真実かどうかキリストの名によって永遠の父なる神に問う」ことができます。「キリストを信じながら,誠心誠意問うならば,神はこれが真実であることを,聖霊の力によって〔彼ら〕に明らかにしてくださる」ことを教えてください。

そして聖霊の力によって,〔彼ら〕はすべてのことの真理を知るであろう。」(モロナイ10:4-5

個人の証を持っていれば,生徒は世にあっても安全です。

あなたに多くの期待が寄せられている

世界は速度を増しながら邪悪の道を降下しています。残念ながら,改善されることはないでしょう。

教師である皆さん一人一人に与えられている責任を明確にしたいと思います。それは皆さんが警戒感を持つことです。現在は若人の霊性面に危機が差し迫っている時代です。

道徳的に混乱した世界

教会の歴史あるいは人類史上,現在に匹敵する状況は存在しませんでした。ソドムとゴモラにさえ,今わたしたちを取り巻いている甚だしい悪と腐敗はありませんでした。

どこへ行っても,みだらな言葉,下品な言葉,神への冒瀆の言葉を耳にします。かつては人目を忍んで行われていた,言うに堪えない悪と倒錯が,今や公然と行われ,法的保護さえ与えられています。

ソドムとゴモラでは,このような悪は特定の地域に限られていました。現在それは世界中に蔓延し,わたしたちの周囲にあります。

わたしたちの若人を脅かしている邪悪の一つ一つを挙げる必要もなく,挙げるつもりもありません。それらから遠ざかるのが困難になっています。

防御の最前線

神権組織と補助組織で働いている指導者や教師と同様,皆さんは防御の最前線に立っているわけではありません。前線を守るのは家族です。サタンはあらゆる策略を使って家族を崩壊させようとしています。

地上の肉体を宿し,命を次の世代へと伝えるための,男性と女性,夫と妻の間にある神聖な関係は汚されつつあります。

敵対する者が何をしているかは一目瞭然です。防御の最前線である家庭は崩されています。

回復の真の目的は結び固めの権能,神殿の儀式,死者のためのバプテスマ,永遠の結婚,永遠の増殖に中心を置いています。つまり家族にその中心を置いているのです。

主は第一の責任を両親に置かれました。「さらにまた,シオンにおいて,または組織されているそのいずれかのステークにおいて,子供を持つ両親がいて,八歳のときに,悔い改め,生ける神の子キリストを信じる信仰,およびバプテスマと按手による聖霊の賜物の教義を理解するように彼らを教えなければ,罪はその両親の頭にある。

また,彼らはその子供たちに祈ることと,主の前をまっすぐに歩むことも教えなければならない。」(教義と聖約68:25,28

「悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことのできる信仰の盾」があります(教義と聖約27:17)。

武具は家庭で身に着ける

信仰の盾は家内工業において手製で作られるものです。行う価値のある最も大切な事柄は家庭の中で行われます。教室の中で磨きをかけることはできますが,組み立て,身に着けるのは家庭の中で行われ,個人個人に合わせて手間暇かけて作ります。

多くの人は家族からの支援を受けていません。家庭で盾が用意されなければ,わたしたちが盾を作らなければなりませんし,また作ることができます。このときに皆さんや指導者,教師は防御の最前線に立ちます。

預言者たちは警告を発してきた

わたしたちはまさしく預言者が警告してきた状態に置かれています。

将来起きることに備えさせるために,主はこのように警告されました。「終わりの時に陰謀を企てる人々の心の中に今あり,また将来もある悪ともくろみのゆえに,わたしはあなたがたに警告を与えており,また,啓示によりこの知恵の言葉を与えることによって,あなたがたにあらかじめ警告するものである。」(教義と聖約89:4

モロナイはわたしたちにこう告げました。「おお,あなたがた異邦人よ,これらのことがあなたがたに知らされるのは,神の知恵にかなっている。 ……

そこで,主はあなたがたに,これらのものがあなたがたの中に起こるのを見るときに,自分たちがひどい状態にいるという意識に目覚めるようにと命じておられる。」(エテル8:23-24

パウロは「終りの時には,苦難の時代が来る」(2テモテ3:1)と預言してから,一言一句,わたしたちの現在の状態がまさしくそれであることを説明しています。彼は次のように語りました。

「神をそしる者,親に逆らう者,……神聖を汚す者,

無情な者,……無節制な者,……善を好まない者,

…… 神よりも快楽を愛する者, ……

常に学んではいるが,いつになっても真理の知識に達することができない。」(2テモテ3:2-4,7)この他にも,

パウロはわたしたちの置かれている状態をこれ以上ないほど正確に述べています。この預言をよく注意して読んでください。

聖文の力

パウロは状況が改善されないことを預言しました。「悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて,悪から悪へと落ちていく。」(2テモテ3:13

幸いにもパウロはわたしたちがどうすべきかについて語っています。「しかし,あなたは,自分が学んで確信しているところに,いつもとどまっていなさい。あなたは,それをだれから学んだか知っており,

また幼い時から,聖書に親しみ,それが,キリスト・イエスに対する信仰によって救に至る知恵を,あなたに与えうる書物であることを知っている。

聖書は,すべて神の霊感を受けて書かれたものであって,人を教え,戒め,正しくし,義に導くのに有益である。」(2テモテ3:14-16

主は使徒たちのためにささげられたすばらしい祈りの中でこのように言われました。「わたしがお願いするのは,彼らを世から取り去ることではなく,彼らを悪しき者から守って下さることであります。

わたしが世のものでないように,彼らも世のものではありません。

真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。」(ヨハネ17:15-17

霊的に病んでいる世界

流行性を持つ霊的な病気は世界中に蔓延しています。それを止めることはできません。けれども若人への感染を予防することはできます。

回復されたイエス・キリストの福音に知識と証はともにワクチンのようなものです。わたしたちはこのワクチンを投与することができます。

つまり,投与するとは心の中に見分ける力を持たせることであって,聖霊というすばらしい賜物を若人の心の中に植え付けるのです。

ニーファイは「天使は聖霊の力で語る。したがって,天使はキリストの言葉を語る。さて,わたしは,キリストの言葉をよく味わうようにあなたがたに言った。見よ,キリストの言葉はあなたがたがなすべきことをすべて告げるからである」と告げています。(2ニーファイ32:3強調付加)

狭い道

皆さんの前には非常に狭くて細い道があります。

「命に至る門は狭く,その道は細い。そして,それを見いだす者が少ない。」(マタイ7:14

教師としての皆さんの務めはふさわしい活動や文化的な活動を採り入れることによってさらに広げられることでしょう。活動はバランスのとれた食物に風味を加える香辛料やデザートのようなものです。これらの活動は必ず,福音に沿った標準にかなうものでなければなりません。霊を築き上げる栄養素を抜いてはなりません。娯楽が生徒を守ってくれるわけではないからです。

回復されたイエス・キリストの福音の教えを,皆さんが実施するさまざまな活動の単なる一部であると考えてはなりません。どの活動よりも,あるいはすべての活動を合わせたものよりももっと大切なものです。楽しい活動を行ってもよいのですが,それによって教えようとすることが希薄になってはなりません。

補助組織はほとんどの活動を実施するために組織され,またその責任があります。生徒がワードやステークで忠実なまた活発な会員となるよう教え,彼らを管理するよう召されている神権指導者を心から尊敬するように教えてください。

繰り返して言いますと,道はまっすぐで狭いのです。この道から迷い出てはなりません。

信仰と勇気を持ちなさい

若人が敵に包囲され,数で圧倒されていると感じているときに,エリシャは召し使いが「軍勢が馬と戦車をもって町を囲んでいた」のを見たときに語った言葉を思い出してください。召し使いは恐れて言いました。「『ああ,わが主よ,わたしたちはどうしましょうか。』

エリシャは言った,『恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから。』

そしてエリシャが祈って『主よ,どうぞ,彼の目を開いて見させてください』と言うと,主はその若者の目を開かれたので,彼が見ると,火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあった。」(列王下6:15-17

皆さんには環境を是正する責任はありません。皆さんは両親や神権指導者,補助組織指導者,教師とともに若い末日聖徒を,悪魔の力に立ち向かうための霊的な栄養と免疫力を与えられたパン種として世に送り出すことができます。

「神の栄光は英知である。言い換えれば,光と真理である。

光と真理はあの悪しき者を捨てる。

あなたがた〔は〕あなたがたの子供たちを光と真理の中で育てるようにと命じ〔られている〕。」(教義と聖約93:36-37,40

防御と避け所

「シオンの地とそのステークに集合することが,防御のためとなり,また嵐と激しい怒りが全地にありのままに注がれるときに,その避け所となるためである。」(教義と聖約115:6

恐れる必要はありません。わたしたちは恐れなくてよいのです。恐れは信仰の反意語です。

これまで教会で数々の評議会の役員をして多くのことを見てきました。残念なこと,衝撃的なこと,懸念すべきことなどがあります。しかし一度たりとも恐れを感じたことはありません。

若人は希望を持って幸福な生活を待ち望むことができます。彼らは教会の中で結婚し,家族を養い育て,皆さんが教えていることを彼らの子供たちに教えることでしょう。そして子供たちはその子孫へ順繰り教えていくのです。

イザヤとマラキは次のように預言しました。「終わりの日に次のことが起る。主の家の山は,もろもろの山のかしらとして堅く立ち,もろもろの峰よりも高くそびえ,すべての国はこれに流れくる。

多くの国民は来て言う,『さあ,われわれは主の山に登り,ヤコブの神の家に行こう。彼はその道をわれわれに教え,われわれはその道に歩もう』と。律法はシオンから出,主の言葉はエルサレムから出るからである。」(イザヤ2:2-3ミカ4:1-2も参照)

わたしたちの時代に主の家はもろもろの山の頂に堅く立てられています。そしてもろもろの国民はそこに流れ来ています。主の言葉,すなわち旧新約聖書はエルサレムから出ています。そして今,律法はシオンから出ています。そして皆さんはその律法の教師なのです。

失敗することはない

失敗することはない

「流水はいつまで濁ったままでいられようか。いかなる力が天をとどめるであろうか。全能者が末日聖徒の頭に天から知識を注ぐのを人が妨げようとするのは,人がそのか弱い腕を伸べて,定められた水路を流れるミズーリ川をとどめようとするようなもの,あるいは逆流させようとするようなものである。」(教義と聖約121:33

太平洋に浮かぶ小島の断崖にたたずんで,教師になることを決意してから59年が過ぎました。それから,教師は豊かな財産という報いを受けないことを知りました。教師の受ける報いはもっと長続きするものです。

この間にあらゆる国民が生まれ,そして死んでいきました。その間,悪魔は意のままに活動してきました。わたしはシオンの境が広げられて,地を覆うのを目にしてきました。(教義と聖約82:14107:74参照)

わたしは,若い兵士として小さな島の断崖にたたずんでいたときと同じように,現在もイエスがキリストであり,神の御子であり,御父の独り子であることを確信しています。ただ一つの違いは,今のわたしは主を知っていることです。

わたしは主のことを証するとともに,父母として,また祖父母として家族やクラス,職場の人たちに教えている皆さんに主の祝福があるように祈ります。また主の力と導きが皆さんに注がれて,影響を及ぼす周囲の人たちが自らの内に保護となる証を築くことができるように祝福いたします。主の僕として,主の御名によって皆さんにこの祝福があるよう祈り求めます。アーメン。

  1. 1940年 8月20日,ウィンストン・チャーチルの演説より抜粋。(Churchill Papers

  2. J・ルーベン・クラーク・ジュニア,『教育に関する教会の指針』(パンフレット,1994年),アイテム番号32709300を参照。