インスティテュート
「その好むところに従って」


「その好むところに従って」

『聖徒の道』1985年4/5月号,30-32からの抜粋

わたしは何年もの間,自分の人生に起こったある経験に心を悩ませてきました。わたしが働いていた地区では,地方の高校に隣接した建物で週日のセミナリーが行われていました。ある年度の途中で健康上の理由から教師が一人欠員になりました。そこでわたしが呼ばれて,一時期ですが代わりが見つかるまで,やめた教師のクラスを毎日幾つか受け持つことになりました。多くの点でそれはすばらしい経験であり,思い出しても楽しいものでした。しかしあるクラスに,かなり手のかかる男子がいました。彼は高校の最上級生で,才能に恵まれ,頭も良くて,ほかの生徒にも人気があり,大きな影響力を持っていました。しかしセミナリークラスでの彼の振る舞いは大抵乱暴で,反抗的な態度を取って皆の注目を集めようとしていました。

クラスで霊的な事柄について学んだり話し合ったりできる雰囲気作りをしたいと考えていたわたしは,この青年の悪ふざけにイライラのしどおしでした。ところが彼の方はと言えば,ほかの生徒の注目を浴びたい一心でした。何度か個人的に面接をしてもまったく効果がありません。面接のときには確かに分かったと言うのですが,次の授業ではまたクラスをめちゃくちゃにするのです。

セミナリーの向かいにあった高校のカウンセリングの先生に相談したところ,彼は片親の家庭に育ち,高校のクラスでも絶えず問題児であるとのことでした。しかし能力テストの点数は平均以上なのです。

クラスの秩序と管理を維持するために決定的な手段を講じなければならない日がとうとうやって来ました。その日も彼がクラスの雰囲気をめちゃくちゃにした後,わたしは彼に一緒に教室から出るように言い,その気まぐれな行動に対処することでこれ以上ほかの生徒を犠牲にできないことを話しました。行動を慎んでセミナリーのクラスに必要な霊的雰囲気を保つよう協力しないかぎり,もうクラスには歓迎できないと言ったのです。彼は何も言わずにきびすを返すと,建物から出て行きました。それ以来二度と彼の姿を見かけることはありませんでした。

その日の午後に彼の母親から電話がありました。怒りと悲しみに満ちた声で,セミナリーのクラスから彼を追い出したことが,後々までもあなたの心から離れないだろうと言いました。

この母親の予言は正しかったのです。わたしの心がこの経験から完全に解き放たれることはありませんでした。この出来事から1,2週間ほどして,わたしは仕事が変わって,ほかの場所へ引っ越しました。あの青年がセミナリーに戻ったかどうかは分かりません。20年以上も前のことなので,名前も覚えていません。でも,今では何人もの子供の父親となっているかもしれないその彼が,教会を離れてしまい,その原因を何年も前の心ないセミナリー教師の取った行為のせいにしているのではないかと,わたしは時々考えるのです。

わたしはこの20年の間に,わたしが取ったよりももっと効果的な解決方法を学んだように思います。彼の態度や行いを変えるために,自分にもできたことが多分幾つかあったはずです。いや,確かにありました。しかしその経験を振り返るたびに,わたしは,彼以外の生徒に対しても少なからず心を砕いていた自分の姿が,鮮やかに脳裏によみがえってくるのです。彼らが祝福を受けられるように,わたしは心から願っていました。この出来事を思い出すと必ず,その青年にセミナリーの教室を出るように言ったあの日と同じ板挟みの気持ちになります。一人の若者の霊的成長に対してわたしが取るべき責任もさることながら,彼の行動に脅かされつつあったほかの生徒たちの成長の機会に対しては,どう責任を取ったらよかったのでしょうか。そして,彼の責任はどうなるのでしょうか。