はじめに
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はじめに

「わたしたちは自分自身を分析し,教師である自分を向上させたいと思うとき,どのようなより良い模範を見つけることができるだろうか。自分の理念と目標と方法を分析し,イエス・キリストのそれと比較すること以上に,わたしたちが行えるすばらしい学習があるだろうか。」(ボイド・K・パッカー,Teach Ye Diligently改訂版〔1991年〕,22)

救い主の方法で教える

救い主について知っていることを少しの間考えてみてほしい。救い主と,また救い主の周りに集まった弟子たちを心に描くことができるだろうか。ガリラヤの海のそばで群衆に教えておられる,あるいは井戸端で女性に個人的に語りかけておられる救い主を想像できるだろうか。救い主の教え方と導き方についてどのようなことに気づいただろうか。人々が学び,霊的に成長し,福音に従う者となるのを,救い主はどのような方法で助けられただろうか。

the savior

救い主は,人々を愛し,彼らのために祈り,絶えず奉仕された。一緒にいる機会を見つけ,愛を示された。人々の興味と希望と望みと,彼らの生活に何が起こっているかを御存じであった。

救い主は,彼らが何者であり,どのような人になれるかを御存じであった。彼らが学び,成長するのに助けとなる独自の方法,すなわち彼らにまさにふさわしい方法を見つけ出された。彼らが苦闘しているときに,彼らを見限ることなく,引き続き愛し,教え導かれた。

救い主は,祈りと断食の時を御独りで過ごし,教える準備をされた。毎日わずかな御自分の時間に,天の御父に導きを求められた。

救い主は,聖文を用いて教え,御自分の使命についてあかしされた。人々に,自分で聖文について考え,聖文を使って自分の疑問に答えを見つけるように教えられた。救い主が力と権能をもって神の言葉を教えられたとき,彼らの心は内に燃えた。そして,彼らは聖文が真実であることを自分自身で知ったのである。

救い主は,簡潔な話と,たとえと,彼らにとって意味のある実生活の例を話された。彼らが自分自身の経験と周囲の世界から福音の教訓を見つけることができるようにされた。漁や子供の誕生,畑仕事について語られた。互いを気遣うことについて教えるために,迷い出た羊を救い出す話をされた。天の御父の優しい心遣いを信頼するよう弟子たちに教えるために,「野の花〔のことを〕考えて見るがよい」と勧められた。

救い主は,彼らが考え,深く感じるように,幾つかの質問をされた。彼らの答えに心から関心を示し,彼らが信仰を表したことを喜ばれた。彼らが自分の疑問について尋ねる機会と,彼ら自身の洞察を分かち合う機会を与えられた。そして,彼らの質問に応じ,彼らの経験談に耳を傾けられた。救い主から愛されていたので,彼らは自分の考えや個人的な気持ちを述べても差し支えないと感じていた。

救い主は,彼らに証を述べるように求められた。そして,彼らが証を述べたとき,たまが彼らを感動させた。救い主はこう尋ねられた。「あなたがたはわたしをだれと言うか。」ペテロはそれに答え,その証は強められた。「あなたこそ,生ける神の子キリストです。」

救い主は,彼らを信頼し,備え,そしてほかの人々を教え,祝福し,人々に仕える重要な責任を与えられた。そして,「全世界に出て行って,すべての造られたものに福音をべ伝えよ」と命じられた。救い主の目的は,彼らがほかの人々に仕えることによって改心するように助けることであった。

救い主は彼らに,信仰をもって行動し,救い主から教えられた真理に従って生活するように求められた。心を尽くして福音に従った生活ができるように弟子たちを助けることに集中してすべての教えを授けられた。これを成し遂げるために,機会を見つけては,彼らが有効な経験によって学べるようにされた。ニーファイ人に御姿みすがたを現されたとき,一人一人を御自分のもとに来るように招いて,ニーファイ人が自分自身で救い主を目にし,感じ,知るように仕向けられた。彼らが御自分の告げたことを十分に理解していないと感じられたときには,家に帰り,また戻って来てもっと学ぶ備えをするよう求められた。

救い主は,あらゆる点で彼らの模範であり,良い指導者であられた。彼らとともに祈ることによって,祈りについて教えられた。彼らを愛し,彼らに奉仕することによって,愛し,奉仕することを教えられた。福音を教えることによって,主の福音を教える方法を教えられたのである。

明らかに,救い主の教え方は世の方法とは異なっている。

したがって,これは,すなわち救い主が教えられたように教えることは,あなたの神聖な召しである。あなたがこれを行うとき,青少年は,福音の種を植え,膨らませ,育てるための場所を心の中に設けるであろう。これは改心に結びつくであろう。あなたが教える究極の目標はこれである。青少年が改心するのを助けるとき,彼らが生涯にわたって救い主に従う備えをするのを,すなわち,彼らが伝道の奉仕をし,神殿の儀式を受け,義にかなった家族を育て,全世界に神の王国を築くのを助けることになる。