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第11課:家長としての父親


第11課

家長としての父親

目的

家長としての父親の役割に対する理解を深める。

導入

  • 視覚資料11-a「主は父親が家族を導くように望んでおられる」を見せる。

スペンサー・W・キンボール大管長は,次のように述べている。

「主は初めに,すべての計画を立てられたとき,子をもうけ,養い,愛し,指示を与える者として父親を,子を宿し,産み,育て,食物を与え,訓育する者として母親を定められた。〔そして〕子供たちが……互いを愛し,敬い,認めるようになる単位を設けられた。……家族とは,天の御父が考え,組織された偉大な生命の計画である。」(「家庭の持つ影響力」『大会報告1973-75』58)

  • キンボール大管長は,父親の責任として何を挙げているだろうか。

「この『父親』という呼び名は神聖なものであり,また永遠に続くものです。この称号がいかに意味深長であるかは,神が御自らを天の父ととなえるようにわたしたちに言われたことでわかります。」(『父よ,あなたは正しい道を歩んでいるか』〔パンフレット〕3ページ)

  • 「高きに栄えて」(180番)を歌うか,歌詞を読む。

救い主は地上での使命を果たしておられる間に,何度も天の御父について言及され,神聖な表現方法を用いて語られた。聖典に記されているように,主は天の御父と語られ天の御父の御心みこころを行われた(マタイ26:39参照)。主は天の御父についてよく知っておられたのである。天の御父を敬い尊ぶことにおいても救い主は模範を示された。これはわたしたちが自ら従い,また子供たちに従うよう教えるべき模範である。

  • 天の御父を尊ぶにはどうすればよいだろうか。この世での父親に対してはどうだろうか。

神権を持つ父親は,子供たちから「父親」という神聖な称号で呼ばれるにふさわしい生活をしなければならない。そうすれば,永遠に父親となる資格が得られる。すべての神権者は,自分の家族を築いて永遠に喜びを共にする力を持っているのである。

父親は家長である

天の御父は,夫または父親が家族の頭となるように定められた。この父親を家長とする形式は,族長制度として現存している。天の御父は,わたしたち教会員が立派な家長となれるように神権という特別な祝福を授けられた。

教会員の各家庭は,それ自体が一つの王国もしくは統治組織であり,父親がその頭である。父親は家庭における最高の権威者であり,家庭内の諸事を管理する(ジョセフ・F・スミス『福音の教義』278-280ページ参照)。この点についてジョセフ・F・スミス大管長は次のように記している。

「長老たちは時々家族からいやしの祝福の儀式を施してほしいと頼まれることがある。このような長老の中に,ステーク会長,使徒あるいは大管長会の一員がいるかもしれない。そのようなときに,父親が背後に控えて,この大切な儀式の執行の指示を長老たちに求めることは正しくない。父親がその場にいれば,父親は管理する権利があり,また義務がある。父親が油を注ぐ人と祈る人を選ぶべきである。家庭における福音の祝福の儀式を管理するのは父親である。」(『福音の教義』278)

父親は家族を統治するだけでなく,彼らに祝福をもたらすように期待されている。それには,神権を義にかなって行使して家族一人一人を祝福することである。大祝福師のエルドレッド・G・スミスは,特別な神権の祝福を求めて彼のもとに来たある女性について,次のような話をしている。

「なぜ特別な祝福が欲しいのか尋ねても,彼女は答えようとしなかった。しかし話していくと,彼女の夫は教会員でメルキゼデク神権を持っていることが分かった。そこでわたしは十分な時間をとって,神権の秩序に関する原則を教えた。すなわち,家庭の中では父親が家族に祝福を与えるという原則である。……そして,わたしからではなく,家に帰って夫から祝福を受けるように〔勧めた〕。

数日後に,彼女が再びわたしの事務所を訪れた。わたしの頭に先日のことがよみがえってきた。そして,彼女はあの日とても憤慨して帰ったことを語ってくれた。

彼女の話によれば,祝福を求めた理由を話せなかったのは,夫との関係が良くないので祝福してもらおうと思ったからだった。ところが,家に帰ってその夫から祝福を受けるように言われたのである。彼女が少々憤慨したのも無理はなかった。

『でも,それからすばらしいことが起こりました。』彼女は家に帰ってからそのことについて祈り,真剣に考えた。そしてついに勇気を奮い起こすと,夫に祝福を求めた。もちろん夫は仰天したが,彼女は忍耐強く待った。夫によく考えて祈る時間を与えたのである。そして,彼女は夫から祝福を受けた。『あの祝福を受けてからというもの,今まで味わったことがないほどすばらしい関係を保てるようになりました。』」(Conference Report,1965年4月,115;“Family Unity through a Father’s Blessing,”Improvement Era1965年6月号,534)

家庭は家族が一緒になって,また個人として,成長進歩する場である。この成長を促すために,父親はいつも愛と知恵,理解,寛容,忍耐をもって家庭を管理する。また,家庭における最高の権威者として,家族の導きとなる模範を示す。忠実で従順な父親は,この世で義にかなった生活を送れるように家族を導いて,永遠に一緒に住むために必要な備えをさせるのである。

  • 家長であるわたしたちは,深い思いやりをもって妻子に接するべきである。

  • エペソ5:25-28を読む。

    わたしたちは妻とどのように接するべきだろうか。

  • エペソ6:4を読む。

    この聖句は,子供を育てる父親にどのような勧告を与えているだろうか。

  • 教義と聖約121:41-45を読む。

    この聖句は,わたしたちが立派な家長になるうえでどのような助けになるだろうか。

聖典の中には,立派な家長であった父親の物語が数多く記されている。息子アルマは自分の息子たちを集めて,一人一人に勧告と祝福を与えた(アルマ35:16参照)。ベニヤミン王は,息子たちに聖文を説き明かした(モーサヤ1:2参照)。アダムとリーハイは,死ぬ前に自分の子孫一人一人に祝福を授けた(教義と聖約107:532ニーファイ4:1-11参照)。これらの預言者は神権の力により,家族に対する家長の責任を果たしたのである。わたしたちも神権を通して,義にかなった家長となることができる。

家族の基本的な必要を満たす

家長である父親には,家族がそれぞれの必要を満たせるように助ける責任がある。

衣食住はだれもが求める物質的な必要である。このほか基本的にどのようなものを家族は必要としているだろうか。以下について話し合いながら黒板に列記する。

愛され必要とされる

この必要を満たすには,家族に対する愛を行いで表し,愛していることを言葉に出して伝えることである。ローレン・C・ダン長老は,次のような例を挙げている。

「最近映画化されたある演劇についてお話ししよう。その劇は,戦争から戻った一人息子を持つ両親を扱ったものだった。父親と子供は心を開いて話したことがなかった。お互いに対する愛を持ちながら,それをどのように表現してよいのか分からなかった。その結果,お互いに嫌われていると思い込み,反感を抱くようになっていった。……

この演劇の最もすばらしい場面は,息子が父親にこのように言うところである。

『お父さん,ぼくは小さいころからお父さんのことを恨んでいました。ぼくのことを愛していると言ってくれなかったからです。でも考えてみると,ぼくもお父さんに愛しているとは言いませんでした。だから,今ぼくは言います。お父さん,あなたを愛しています。』

次の瞬間,父親と息子はしっかりと抱き合った。何年もの間,抑えつけられていた愛と感謝が洪水のようにわき上がってきたのであった。」(Conference Report,1969年4月,22—23;“The Growing Problem of Drug Abuse,” Improvement Era1969年6月号,52—53)

  • 家族を愛していると口に出して言うことはなぜ大切なのだろうか。愛され必要とされていることを家族に表すには,ほかにどのような方法があるだろうか。

自尊心を持つ

わたしたちは家族が達成したことを褒めることによって,彼らが自尊心を養えるよう助けることができる。神の子供であることを教え,才能を伸ばせるように助けるのもよい。これらはすべて,家族一人一人の自信を培い,自己評価を高め,自尊心を築くうえで役立つであろう。両親は絶えず褒める事柄を探して,子供を励ます必要がある。一方子供たちは,いつも両親に対して感謝を表すべきである。ある父親は次のように語っている。「わたしは家庭の夕べの時間を子供たちを責めるよりはむしろ褒めるために使います。わたしは彼らの悪い行いよりも良い行いについて話したいと思います。」(ジョージ・デュラントによる引用,「天からの贈り物」『聖徒の道』1971年8月号,241)

人生に目的を持つ

人はだれでも,人生の意義と地上に存在する目的とを知る必要がある。家族のこの必要を満たすには,福音を教えることである。この世の生涯は,わたしたちが成長して神のようになるためにある。人生の目的は平安と幸福を得ることであり,天の御父のもとに帰るために自らを備えることである。これらの目的を子供たちに教えなければならない。

自己訓練と働く能力を身に付ける

大きな石油会社の社長を務めているグレン・E・ニールソン兄弟は,生涯で最も影響を受けた教師について尋ねられたとき,次のように答えた。「わたしの父です。……父は仕事を上手に行うことの喜びを教えてくれました。あるとき,ピッチホークで干し草をたくさんかき上げる方法や,その干し草を荷車に投げ込むときの足の踏み込み方を教えて,こう言いました『どんな仕事でも,それから逃げずに踏み込んでいけば,負担は軽くなるし易しくなるものだ。』」(Church News1978年3月25日付,2)

  • 視覚資科11-b「父親は子供たちに働くことを教える」を見せる。

働くことを学ぶと,次の話に示されているような祝福がある。

「隣同士に住んでいる二人の老人が,自分の人生と子供たちについて〔話して〕いた。ジョンの長男は大学を卒業したばかりで,在学中に名誉ある責任を果たした。ジムの息子は重大な犯罪を犯して,州立〔刑務所〕に送られたばかりだった。ジムとジョンは隣同士で,互いに良い隣人として息子たちの成長を見守ってきた。息子たちは一緒に遊び,一緒に学校に通った。ジムは当時のことを思い浮かべて,このように言った。『わたしたちの息子がこんなにも違ってしまったのは,ジョン,君が牛を飼っていたからだ。今でも思い出すが,君の息子は遊んでいるときにも早く帰って,牛の乳を搾り,飼料を与えていた。君は牛の世話をさせて,息子に責任を受け入れることを教えたんだ。』」(1967–68 Priesthood Study Course: Aaronic Priesthood–Adult,35)

だれもが牛を飼えるわけではない。しかし,子供たちに仕事を与えることはできる。また,仕事に伴う問題を子供の選択の自由で解決させることもできる。子供の仕事を代わりに行ってはならない。ただし,子供が責任を立派に果たせるように助けるべきである(第15課「家事を分担する」参照)。

「自分が神の霊の子供の現世における父親であると自覚している人は,自分の持てるすべての優しさと愛情を込めて子供を養うという責任を痛感せずにはいられないであろう。」(N・エルドン・タナー,Ensign1977年6月号,2)

家族の霊的な必要を満たす

神権を持つ父親は,神権により家族を導いて祝福をもたらし,家族のために可能な神権の儀式を行う権利と責任がある。

父親が家族を導き祝福する方法をまとめた表を見せるか,黒板にそれらの項目を書き出す(「教師の準備」参照)。

父親は以下の方法を用いて家族を導き,祝福を与えることができる。

  1. 家庭における管理役員になる。

  2. 家族一人一人と個人面接を行う。(N・エルドン・タナー副管長は,少年のころに父親から面接を受けたことについて語っている。「面接のときにいつも父は,神権がどれほど大切であるか,また神権者としてふさわしくあるにはどうすべきかについて説明してくれた。父はわたしにとって最良の友であった。」(「面接のもたらす祝福」『聖徒の道』1979年2月号,59)

  3. 妻や子供たちに慰めを与える祝福を授ける。

  4. 病気になった家族のために癒しの祝福を行う(メルキゼデク神権者に限る)。

  5. 家族のために啓示と霊感を受ける。

  6. 朝と晩に家族の祈りを行う。

  7. 祈りや食事の祝福をする人を決める。

  8. 毎週月曜日の夜に家庭の夕べを開く。

  9. 伝道活動,系図の探求,神殿の儀式に参加するよう家族を励ます。

  10. 戒めを守って模範を示す。

  11. 家庭の中に愛と理解にあふれた雰囲気を作り出す。

割り当てておいた神権者に,親密で愛に満ちた家族の一員である喜びについて証してもらう。

まとめ

主の計画では,夫もしくは父親は家庭の頭であり,族長である。そのため父親は,妻や子供たちと正しい関係を築かなければならない。この関係は愛と信頼と協力に基づくものである。したがって,父親は家族一人一人の福利に関心を寄せる必要がある。以下の質問は,自己の成長を評価するうえで役立つであろう。

  1. わたしは家族について考える時間を実際にとっているだろうか。

  2. わたしは家族一人一人を尊重し,彼らの考えや所有物に関心を払っているだろうか。

  3. わたしは家族一人一人を大切な存在であると考えているだろうか。

  4. わたしは家族に向かって,愛していると言っているだろうか。その愛を行いで表しているだろうか。

父親となり家長となることは,喜ばしい特権および祝福であり,重大な責任である。そこには,家族一人一人を教え導き,天の御父のもとでともに永遠の命を享受できるように備えさせるというチャレンジが伴っている。」(N・エルドン・タナー,“Fatherhood,” Ensign1977年6月号,2)

チャレンジ

夫または父親は以下の事柄を行う。

  1. 家長としての責任を理解する。

  2. 今週中にこの責任について妻と話し合い,自身の義務を達成できるように妻の助けを得る。

  3. 自分の父親を敬う。たとえ結婚していても,自分にとって父親は族長である。

青少年または未婚者は以下の事柄を行う。

  1. 自分の神権を尊重する。義にかなった家長となるために自らを備える。

  2. 家長である父親を敬う。

参照聖句

教師の準備

レッスンの前に以下のことを行う。

  1. 『神権の義務と祝福A』第12課「家族の福利に対する父親の責任」を研究する。

  2. 黒板とチョークを準備する。

  3. 父親が家族を導き祝福する方法について話し合うために,11項目を書き出した表を作成する。

  4. 愛にあふれたむつまじい家族を持つ神権者を一人選び,家族から受ける喜びについて証する割り当てを与える。

  5. レッスンの中で話や聖句を読むよう生徒に依頼する。

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父親が家族を導く

11-a 主は父親が家族を導くように望んでおられる

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父親が働くことを教える

11-b 父親は子供たちに働くことを教える