だり19しょう
イエス・キリストのさいりん
(1831年2月-3月)
イエスは,もういちどこのよに来ると,ジョセフ・スミスに言われました。その前に,すべての人がふくいんを聞かなくてはなりません。せいとたちは,ふくいんを教えるようによくどりょくし,よいせんきょうしになることがもとめられています。
イエスはこのよにおられたとき,ふたたびおいでになる前におこることを,しとたちにお話しになりました。
「エルサレムのしんでんはこわされ,ユダヤ人はよその国に行かなければならない。また,多くのユダヤ人がころされ,たくさんのせんそうがおこる。そして,人びとのあいはひややかになり,まことの教会はなくなる。」
「その後,天父は,ふたたびまことの教会をお立てになる。イエス・キリストのふくいんは,やみの中にかがやく光のようなものである。」
イエスがお話しになったことは,ほとんどがもうとっくにおこっていますが,まだおこっていないこともあります。多くの人がたがいにたたかったり,びょうきになったりするでしょう。また,じしんがおこり,日はくらくなり,月はちのようにかわり,星は天からおちるでしょう。
これらのことがおこったら,正しい人びとは,イエスが間もなくおいでになることが分かります。正しい人びとは,イエスが来られるのをまちのぞみます。多くのユダヤ人は,エルサレムにもどって来て,ふくいんを聞くでしょう。
正しいせいとたちは,新しいシオンの町をきずき,そこであんぜんにくらします。たたかいもなく,みんなとてもしあわせです。そして,よろこびの歌を歌うでしょう。わるい人びとは,シオンに行くことはできません。
イエスはもどって来られます。正しい人びとは,イエスに会います。イエスは,かがやく雲にのっておいでになります。その時,しんでいた正しい人びとは,雲の中でイエスと会うために,よみがえります。そして,いっしょに地上におりて来ます。
イエスは,エルサレムにおいでになり,そこの山の上にたたれます。すると,山は二つにさけ,地はゆれうごき,天もまたふるいうごきます。そして,わるい人びとは,ほろぼされます。
エルサレムの人びとは,イエスを見て,たずねます。「あなたの手と足にあるきずは,何ですか。」そこでイエスは,「わたしは,十字架につけられたイエスである。神の子である」と言われます。人びとはこれを聞いて,イエスを十字架につけたことをかなしみ,なげくでしょう。
正しい人びとは,イエスにお会いできて,とてもしあわせです。ちきゅうのものはすベてかれらにあたえられます。かれらはサタンにまどわされず,強くなり,たくさんの子どもをもうけます。子どもたちは,神の教えをまもって大きくなります。そして,イエスは,正しい人びとと1,000年の間いっしょにすみ,かれらをおさめる王となられます。
イエスはジョセフ・スミスに,せんきょうしをつかわして,すべての人にイエスがおいでになることを教えなさい,と言われました。せいとたちは,そなえなくてはなりません。そのために,おいのりやだんじきをし,いましめを教え合うひつようがあります。
せいとたちは,イエスに近づくようにつとめなくてはなりません。そうすれば,イエスも近づいてくださいます。もとめるなら,神はたすけてくださるのです。
また,イエスのために,できることは何でもしなければなりません。そうするときに,わたしたちはイエスのようになれるのです。そして,イエスのさいりんにそなえることができます。
(モロナイ7:48)