2020
主はわたしの幸せを願っておられる
2020年2月


主はわたしの幸せを願っておられる

画像
illustration of lungs

「ベテスダで病人を癒されるキリスト」の一部,カール・ハインリッヒ・ブロッホ画,ブリガム・ヤング大学美術博物館の厚意による

わたしは両肺とも気胸を起こして救急外来に搬送されたとき,人生の終わりに近づいたのかと思いました。感情的あるいは霊的に最期の準備は整っていませんでしたが,肉体はさじを投げていました。家族にとって,そのような状態のわたしを見るのは厳しいものでしたが,それでも皆,気持ちを強く持って諦めませんでした。結局わたしは恵まれて生き延びることができました。

わたしの苦しみはこれで終わりではありませんでした。このとき以来,機能する片方だけの肺と湾曲した脊椎とともに生きていかなければならなくなりました。毎日がつらく,大変でした。苦しみ続けるよりは死んだ方がいいと考えたこともありました。肉体だけでなく,精神にも霊にも,力が入りませんでした。希望と自信を失ってしまいました。励ましてくれる人たちを次第に遠ざけるようになりました。けれども家族はわたしのことを決して見放しませんでした。愛し大切にしてくれましたし,友達も引き続き元気づけてくれました。それでも,自分の将来はかつて想像していたほど明るいものとはならないだろうと思っていました。

ある夜,わたしはとても落ち込んでいました。そして祝福師の祝福を読む必要があると思いました。最初の数行を読むと,たちまち涙があふれてきました。「天の御父はあなたのことを気にかけておられ,あなたを愛しておられます。この世であなたが幸せになることを願っておられます。」

その瞬間に,天の御父はわたしのためにとても明るい将来を備えておられ,御父が歩んでほしいと願っておられる道に従って行けば,すばらしい祝福を望めることが分かりました。

天の御父はわたしたち皆が苦しむのを御存じだったので,代わりに苦しみ,わたしたちを慰めるために,御子イエス・キリストを送られました。わたしたちへの天の御父と主の愛はそれほど大きいのです。それでもこの地上でわたしは毎日苦しむかもしれません。しかし,天の御父と主の愛はいつもそばにあり,御二方に取りすがって従うならば,御二方の約束はすべて果たされます。わたしはそう確信しています。