2017年
神権の鍵の回復

神権の鍵回復

2004年10月の総大会の説教から。

救い主は,その時代に地上で神権のすべての鍵を持つ預言者や使徒という土台の上に御自身の教会を建てられました。

Photograph of Ephesus

エペソの写真と背景画像/Getty images

ずっと昔,わたしはエペソの古代劇場で話をしました。使徒パウロがかつて教えを説くために立ったその場所には,明るい日の光が降り注いでいました。話のテーマは,「神から召された使徒パウロ」でした。

聴衆は何百人もの末日聖徒で,1,000年以上も昔にエペソ人が座った石のベンチに整然と座っていました。その中には,二人の生ける使徒,マーク・E・ピーターセン長老とジェームズ・E・ファウスト長老もいました。

想像できるかと思いますが,わたしは入念に準備をしていました。使徒行伝と,パウロやその同僚の使徒たちが書いた手紙を読みましたし,エペソ人にあてたパウロの手紙を読み,深く考えていたのです。

できるかぎりのことをして,パウロとその使徒としての働きのすばらしさを強調しようとしました。話が終わると,多くの人が優しい言葉をかけてくれました。生ける使徒は,二人とも惜しむことなく感想を述べてくれました。しかし,後でファウスト長老がわたしを傍らに呼んで,ほほ笑みながら穏やかな声でこう言ったのです。「良い話でしたが,最も大切なことを言いませんでしたね。」

どんなことかと尋ねると,ファウスト長老は,何週間もたってから教えてくれました。それ以来,わたしは常にその教えを大切にしています。

ファウスト長老はわたしに,次のことを聴衆に言えたはずだと言ったのです。すなわち,もしもパウロの話を聞いた聖徒たちがパウロの持つ鍵の真価と力について証を持っていたならば,恐らく地上から使徒が取り去られることはなかっただろう,ということです。

その言葉を聞いて,わたしはエペソ人へのパウロの手紙を読み返しました。そして,パウロが望んでいたのは,神権の鍵が,主から主の教会の会員であるエペソの人々にまで,使徒を通して鎖のように連なっていることの大切さを感じてもらうことだったということが,理解できたのです。パウロはエペソの人々がこの鍵に対する証を築けるように助けていました。

パウロはエペソの人々に,キリストが教会の頭であられると証しました。そして,救い主がその時代に地上で神権のすべての鍵を持つ預言者や使徒という土台の上に御自身の教会を建てられたことを教えました(エペソ2:19-20参照)。

回復された神権

The Restoration of Priesthood Keys

イラスト/ブライアン・コール

パウロは,自分の教えと模範がどれほど明瞭で力強いものであろうと,やがて背教が起こることを知っていました(使徒20:29-302テサロニケ2:2-3参照)。使徒と預言者が地上から取り去られることを知っていたのです。そして,使徒と預言者が将来,大いなる日に回復されることを知っていました。パウロはエペソ人に,それが回復される時代に主がなされることについて次のように書き送っています。「それは,時の満ちるに及んで実現されるご計画にほかならない。それによって,神は天にあるもの地にあるものを,ことごとく,キリストにあって一つに帰せしめようとされたのである。」(エペソ1:10

パウロは,ジョセフ・スミスがその業を行い,天が再び開かれる日を待ち望んでいました。そして,それは実際に起こったのです。バプテスマのヨハネが来て,アロン神権を死すべき人に授け,天使の働きの鍵と,罪の赦しのために水に沈めるバプテスマの鍵を授けました(教義と聖約13章参照)。

古代の使徒と預言者が戻ってきて,彼らが地上にいたときに持っていた鍵をジョセフに授けました(教義と聖約110章参照)。1835年2月,死すべき人々が聖なる使徒職に聖任されました。1844年3月の後半に,十二使徒に神権の鍵が授けられました。

ブリガム・ヤングからモンソン大管長に至るまで,ジョセフに続くすべての預言者は,これらの鍵を持ち,行使し,聖なる使徒職を保ってきました。

信仰と神権の鍵

しかし,パウロの時代と同様に,これら神権の鍵が持つ力から益を得るには,信仰が必要です。わたしたちを導き,わたしたちのために働く指導者が神権の鍵を持っていることを,霊感によって知る必要があります。そのためには,御霊の証を受けなくてはなりません。

イエスがキリストであり,生きていて,御自身の教会を導いておられるという証が必要です。さらに,主が預言者ジョセフ・スミスを通して御自身の教会と神権の鍵を回復してくださったことを知る必要があります。そして,この鍵が途切れることなく生ける預言者に継承されていることについて,聖霊による確信を得て,その確信を度々新たにする必要があります。どこにいようと,たとえどれほど預言者や使徒から遠く離れていようと,ステーク会長や地方部会長,ビショップや支部会長を通じてつながる神権の鍵の系統を通して,主が御自身の民を祝福し,導いておられるのだということを,知る必要があるのです。

主の選ばれた僕を信頼する

Restoration of the Melchezedek Priesthood

「メルキゼデク神権の回復」ウォルター・レーン画

主の教会にしっかりと根付くためには,主から召された人の奉仕の中に主の力を見ることのできる目を養うべきであり,そうしなければなりません。聖霊を伴侶とするふさわしさを身につけなければなりません。そして,指導者がこの力を保持していることを理解できるよう,聖霊の助けを求めて祈る必要があります。わたしの場合,そのような祈りは,主の業に熱心に携わっているときに最もよくこたえられます。

ふさわしく行動するならば,前任者から後任者へと神によって鍵が継承されていくことを啓示によって知ることができます。そのような経験は何度も求めることができますし,求めなければなりません。それは,神がわたしたちのために用意し,ほかの人に分かち合うよう望んでおられる祝福を得るためです。

祈りの答えは,説教をするブリガム・ヤングが殉教した預言者ジョセフに見えた人々に比べれば,劇的なものではないかもしれません。1しかし,同じくらい強い確信を得ることができます。その霊的な確信から平安と力が生まれます。そのとき皆さんは再び,この教会が主のまことの生ける教会であり,主が御自分の聖任された僕を通して教会を導いておられ,わたしたちのことを気にかけておられることを知るのです。

わたしたちの多くがこのような信仰を働かせてこの確信を得るならば,神は指導者たちを高め,わたしたちの生活と家族を豊かに祝福してくださいます。そしてわたしたちは,パウロが昔自分の仕えた民に強く願っていた状態に至るのです。「使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられ……キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。」(エペソ2:20