2016年
神の言葉により強められる
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神の言葉により強められる

預言者の言葉を応用する方法を学んだことで,わたしは自分がなりたい者になるためではなく,主が望んでおられる者になるために生活を変えました。

Scripture study

わたしが韓国で青少年の時期を過ごしていた頃,父は子供たちに,好きな教会に行ってもよいと言ってくれました。ところが,宗教的な信条が異なることで,家族で夕食を取りながら言い争うことがよくありました。このため,父は家族の宗教的な信条を一つにしたいと考えました。弟はおじと一緒に末日聖徒イエス・キリスト教会の集会に行っていたので,父は教会についてもっと学ぼうと,二人と一緒に集い始めました。わたしも教会に行き,ミューチャルの楽しい活動と,セミナリーのプログラムが若い人たちを霊的に強めているようすを見て感心しました。

16歳のとき,わたしは両親とともにバプテスマを受け,それから7か月の間に残りの家族や親戚23人が教会に加わりました。

教会に入ったとき,わたしたちは教会に対して常に活発でいることと,福音の教義について学び続けることを決意しました。毎日忠実に聖文と,教会の他の多くの書籍やテキストを読むことで,この決意を実行しました。それから数年の間に,わたしは教会に断固として集い続けることについて,二つの重要な原則を学びました。

  1. セミナリー,教会,家庭で聖文を研究する。

  2. 預言者の勧告に耳を傾け,従う。

聖文の力

Studying

家庭での聖文研究に加えて,弟とわたしはセミナリーとミューチャルにも忠実に参加しました。当時は,午前中に日曜学校があり,聖餐会は午後遅くにありました。集会所まで遠かったので,わたしたちは教会の建物に残ってセミナリーに出席し,その後の聖餐会まで他の教会員と話したり,一緒に過ごしたりして楽しみました。当時,韓国の多くの若い人たちが教会に加わり,ともに学び,楽しい活動を行い,仲良くなりました。

わたしはアロン神権定員会で奉仕するよう召されて,若い女性の各クラスで奉仕する姉妹たちと親しく働きました。わたしたちは,導くべき人々を見守り,彼らのために祈ること,そして一緒に活動を計画する方法や時間を賢く使う方法を学びました。

1週間の中で,わたしは学校の勉強をする前に,セミナリーの聖文研究をしました。疲れて宿題ができないときや学校で問題があるときには,セミナリーのテキストを開いて研究し,祈りました。そうすると,頭がすっきりして宿題によく集中することができました。今でもこのことを生活で応用しています。大変なときには,頭をすっきりさせるために今でも,聖典や総大会の説教を読んでいます。

韓国の多くの高校生は,学業に多くの時間を費やし,遅くまで勉強します。セミナリーやミューチャルの活動のために時間を取ると,気持ちがすっきりして学業においても祝福されることを知りました。そこで学んだ教訓は,まだ学生の頃の別の状況でも助けとなりました。

Studying

ある日のこと,教師が地理の授業でアメリカ合衆国ユタ州について教え,教会について間違ったことを言いました。わたしは,「皆の前で彼の言葉を訂正するべきだろうか,それともクラスの後で個人的に彼のところに行くべきだろうか」と考えました。そのとき,セミナリーの教師の言葉が心に浮かびました。彼女は「誰かが教会について間違ったことを言っても,言い争いをしたり,相手の気分を害するようなことをしたりしないように」と言っていたのです。

授業の間,わたしは黙っておとなしくしていた方がよいと感じました。授業の後で教師のところに行き,自分が教会員であることを伝え,授業で彼が教えた間違いについて訂正しました。彼は,「君がモルモンだったとは知らなかった。教えてくれてありがとう」と言いました。その後,教師は授業で正しい情報を伝え,変わらずわたしに敬意を払ってくれました。わたしはセミナリーの教師を通して教えられた勧告に感謝しました。

Studying

軍務か伝道か

若いとき,わたしは陸軍士官になりたいと思っていました。その目標を達成するため,士官学校に出願するつもりでした。そうすることは,伝道には出ないということでした。いかなる宗教活動のためにも,陸軍士官学校のプログラムを休学することはできないからです。

そんなとき,韓国のソウルで行われた地区大会に参加する機会がありました。その出来事はわたしの人生の進路を変えました。地区大会で,スペンサー・W・キンボール大管長(1895-1985年)は青少年に向けて,以下を行うよう勧めました。

  1. セミナリーに出席する,

  2. 伝道に出て立派に奉仕する,

  3. 神殿で結婚する,

  4. 昇栄に向けて努力する。

わたしは大管長の勧告が正しいと分かり,次の聖句が思い浮かびました。「わたしの言葉は過ぎ去ることがなく,すべて成就する。わたし自身の声によろうと,わたしの僕たちの声によろうと,それは同じである。」(教義と聖約1:38

預言者が人生の優先事項として伝道に出ることの重要性について語るのを聞いたとき,「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば,これらのものは,すべて添えて与えられるであろう」と主が言われたことを思い出し(マタイ6:33),主を信頼して伝道に出て,士官になるという夢を諦めるべきだと分かりました。

士官学校に行く計画はなくなっても,全ての若い男性には3年の兵役の義務がありました。わたしが韓国プサン伝道部で奉仕し始めて1年が過ぎた頃,兵役に就くよう韓国政府から召集の通知が届きました。3年の兵役を果たし終えた後,伝道を最後まで行いたいと思いました。それで韓国ソウル伝道部に召されて,もう1年そこで奉仕したのです。

「正気なの?」

伝道から帰ると,わたしは預言者の勧告に従うことによりまた祝福を受けました。一つの例ですが,伝道を終えた後,学業を終えるのを待たずに,結婚を決意しました。韓国では,学業を終えて安定した収入を得てから結婚し家庭を築くのが習わしです。しかし,わたしは預言者の勧告に従い,すぐに結婚に向けて準備する必要があると分かっていました。妻とわたしは青少年のプログラムで出会い,伝道前から良い友達で,お互いをよく知っていました。「正気なの?お金がないじゃない」と妻の友人たちに言われましたが,わたしが伝道から帰還して間もなく結婚しました。

主の勧告に従う必要があると知っていましたから,わたしたちは文化的な習わしと異なることでも実行しました。預言者の勧告に従うことにより,わたしたちの生活は祝福され,他の方法では得られない経験をしました。

秩序正しく賢明に全てのことを行うようにという主の勧告(モーサヤ4:27参照)は,社会が教えることとは異なることがあるかもしれませんが,主の時刻表に従って行動すると,生活がよい方へ変わっていくことに気がつきます。今日,主の方法でわたしたちを導いてくれる生ける預言者に感謝しています。「神から祝福を受けるときは,それが基づく律法に従うことによる」ことを知っています(教義と聖約130:21)。