2010–2019
生きた証
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生きた証あかし

証は,信仰の祈りや,聖文に記された神の御言葉を求める強い望み,真理に従うことによって培う必要があります。

愛する若い姉妹の皆さん,皆さんは主の教会の明るい希望です。今晩,そのことを皆さんに確信してもらえるよう話します。その確信が神から受ける深い証となるならば,皆さんが日々,時々刻々何を選ぶかが定まってくるでしょう。そして皆さんにとっては一見ささいな選択を通して,主は皆さんが望む幸福へと導いてくださいます。皆さんの選択を通して,主は無数の人を祝福することがおできになります。

今晩この場に集うという選択は,大切な選択の一つに数えられます。100万人以上の若い女性と母親,指導者が招待されています。ほかのあらゆる選択肢の中から,皆さんはこの場に集うことを選びました。皆さんに確信があったから選んだのです。

皆さんは,イエス・キリストの福音を信じる人々です。皆さんはその信じていることのために,主の僕しもべの声を聞こうとこの場に集まりました。その信仰のために,この場で聞く事柄や感じる事柄によって,生活が向上するよう願いました。皆さんは,イエス・キリストに従うことがさらに幸福になる方法であると心に感じました。

大事な選択をしたつもりはなかったかもしれません。友人や家族と一緒に過ごすことに魅力を感じたのかもしれません。誘ってくれた人の親切にこたえただけかもしれません。しかし,気づいていなかったとしても,皆さんは「わたしに従ってきなさい」と繰り返し招かれる救い主のかすかな声を感じていたはずです。1

ここに集っている間に,主は主を信じる皆さんの信仰を深め,証を強めてくださいました。皆さんが聞いたのは言葉や音楽以上のものです。皆さんは,地上における主の真の教会に生ける預言者がおり,幸福に至る道が主の王国にあるという御霊みたましの証を心に感じました。この教会が今日こんにち地上における唯一まことの生ける教会であるという皆さんの証は強められました。

全員が同じことを感じたわけではありません。ある人は,トーマス・S・モンソン大管長が神の預言者だという御霊の証を感じたでしょう。またある人は,正直や徳,すべての人に善を行うことこそが救い主の特質だと感じたかもしれません。そして,主のようになりたいというさらに大きな望みを抱いたことでしょう。

皆さんはイエス・キリストの福音に対する証を強めたいと願っています。ブリガム・ヤング大管長は,はるか昔に皆さんの必要を予見していました。彼は神の預言者としての予見力により,142年前に皆さんと皆さんの必要を見たのです。ヤング大管長は愛にあふれた父親であり生ける預言者でした。

ヤング大管長はこの世の影響が自分自身の娘たちに襲いかかるのを見ることができました。この世の影響のために娘たちが幸福に至る主の道からそれているのを見ました。当時これらの影響が及ぶようになった一つの原因は,それまで隔絶され守られていた聖徒たちが大陸横断鉄道により一般社会と結ばれたことでした。

ヤング大管長は,今日の驚異的な科学技術により,手のひらに収まる機器を用いて全地の無数の考えや人々につながる選択ができる様子を見ることはなかったかもしれません。しかしヤング大管長は,自分の娘たちや皆さんにとって,愛にあふれた生ける神と,神の幸福の計画に対する力強い証に基づいて選択を行うことがいかに大切かを予見していました。

ヤング大管長が娘たちに与えた,預言者としての霊感あふれる次の勧告は,常に皆さんにも当てはまります。

この勧告こそ,わたしの今晩の話の中心となるものです。ヤング大管長がこれを語った場所は自宅の一室です。今このメッセージを全世界の国々に住む神の娘たちに向けて語っているこの場から1マイル(約1.6キロ)も離れていない所でした。大管長はこう述べたのです。「イスラエルの若い娘たちは真理に対する生きた証を得る必要があります。」2

その後ヤング大管長は若い女性の団体を創設しました。現在主の教会で「若い女性」と呼ばれている組織の前身です。大管長は,日曜日の晩に自宅の居間で開かれた集会でこの団体を創設したのですが,そのときに彼が選択した事柄のすばらしい影響の一端を,皆さんは今晩感じたことでしょう。

100年以上たった今,全世界のイスラエルの娘たちは真理に対する自分自身の生きた証を持ちたいと望んでいます。自分を強め,永遠の命に至る道を導いてくれる,その成長する生きた証を今から後ずっと持つ必要があります。そして,そのような証があれば,キリストの光を全世界のあらゆる世代の兄弟姉妹に届ける人となることができます。

皆さんは証がどのようなものであるか経験から知っています。ジョセフ・フィールディング・スミス大管長は,証とは謙虚に真理を求める人に啓示により与えられる確固たる知識である,と教えました。スミス大管長は,その啓示を与えてくださる聖霊について,また証について次のように語っています。「聖霊が語られるときには,説得力が非常に強いため一切心に疑いが残りません。それは,イエスがキリストであられ主の福音が真実であることを心から知ることができる唯一の方法です。」3

皆さんもこのような霊感を感じたことがあるでしょう。今晩のわたしがそうであったように,福音のある一部を確認する霊感であったかもしれません。信仰箇条第13条の「正直,真実,純潔,慈善,徳高く」あるという言葉を聞いたとき,わたしはまるで主が語っておられるように感じました。それらが主の特質であることを再び感じたのです。ジョセフ・スミスは主の預言者であると感じていました。ですから,わたしにとっては単なる言葉ではなかったのです。

わたしの頭には,ユダヤのほこりっぽい道とゲツセマネの園の光景が浮かびました。そして,ジョセフがニューヨークの森の中で御父と御子の御前みまえにひざまずいたときと同じような気持ちを少なくとも心に感じました。ジョセフが見たような太陽の輝きにも勝る光を心で見ることはできませんでしたが,証の温かさと不思議を感じました。

イエス・キリストの福音の全部の真理について少しずつ確認を受けるにつれて,証も少しずつ自分のものになっていきます。例えば,モルモン書を読み深く考えるときに,以前読んだ節が新鮮に見え,新たな考えが思い浮かぶことがあります。その考えが真実であるという確認が聖霊から与えられると,証の幅と深みが増します。生きた証は,聖文を研究し,祈り,深く考えることにより増し加えられます。

この生きた証を手に入れ維持する方法を最もよく説明しているとわたしが考える記述は,これまでにもよく引用されてきましたが,モルモン書のアルマ書第32章です。皆さんも何度も読んだことがあるかもしれません。わたしはこの箇所を読む度に新たな光を見いだします。今晩,この聖句の中で教えられている教訓を今一度おさらいしましょう。

霊感あふれるこの記述の中で,証を求めるにはまず「ごくわずかな信仰」と,大きくなってほしいという望みが必要だと教えられています。4 今晩,救い主の親切や正直に関する感動的な話,主の戒めと贖罪しょくざいによりわたしたちが到達できる純粋さに関する心揺さぶる話を聞きながら,信仰とその望みを感じたことでしょう。

信仰の種はすでに皆さんの心の中に植えられました。さらには,アルマ書の中で約束されている,心の広がりを幾分か感じているかもしれません。わたしもそうでした。

しかし,生長する植物のように,証は養わなければしおれてしまいます。頻繁にささげる心からの信仰の祈りは,きわめて重要で必要な栄養です。受け入れた真理に従うことにより,証を維持し強めることができます。戒めに従うことは,証に与えなければならない栄養の一つです。

救い主のこの約束を覚えているでしょう。「神のみこころを行おうと思う者であれば,だれでも,わたしの語っているこの教おしえが神からのものか,それとも,わたし自身から出たものか,わかるであろう。」5

この約束はわたしに対して果たされてきましたし,皆さんにも有効です。若いころにわたしが学んだ福音の教義の一つは,神のあらゆる賜物たまもののうち最も大いなるものは永遠の命だということです。6 永遠の命の一つの側面は,家族とともに愛のうちに永遠に住むということであると,わたしは学びました。

これらの真理を初めて聞き真実であるという確認を心に受けて以来,わたしは自分の家族と家庭の中で争いを避け平和を作り出すために,できる限り適切な選択をしなければならないと感じてきました。

この世が終わって初めて,すべての祝福の中で最も大いなる祝福である永遠の命を完全に享受することができます。しかし,わたしはこの世の試練の最中にも,天における自分の家族がどのようなものかをわずかながらかいま見たことがあります。それらの経験から,神殿で行使される結び固めの力が実在するというわたしの証ははぐくまれ,強められてきました。

二人の娘が先祖のために神殿でバプテスマを受ける姿を見て,わたしの心は娘たちと,名前が見つかったその先祖たちに向けられました。家族の心が互いに向けられるというエリヤの約束がわたしの家族の中で果たされました。7 そして,アルマ書で約束されているように,わたしの信仰は確かな知識となりました。

救い主が地上での務めの後に霊界に来られたときに先祖が感じた喜びを,わたしはわずかながら感じたことがあります。教義と聖約にこのように記されています。

「そして,聖徒たちは彼らの贖あがないを喜び,ひざまずき,神の御子を贖い主,および死と地獄の鎖からの解放者として受け入れた。

彼らの顔は光を放ち,主の前から発する輝きが彼らのうえにとどまった。そして,彼らは主の聖なる名を賛美した。」8

わたしが先祖の喜びを感じられたのは,永遠の命に関する主の約束が本物であるという自分の証に基づいて行動したためでした。救い主が約束されたとおり,証に従って行動することを選択することにより,その証が強められたのです。

主はまた,従順になることを選ぶことに加え,真理に対する証を祈り求めなければならないと教えられました。主は,モルモン書について祈るようにという戒めの中でそのことを教えられました。預言者モロナイを通じて次のように語っておられます。

「見よ,わたしはあなたがたに勧めたい。あなたがたにとってこの記録を読むことが,神の知恵にかなうようであれば,あなたがたはこれを読むときに,アダムが造られてからあなたがたがこれを受けるときまで,主が人の子らにどれほど憐あわれみをかけてこられたかを思い起こし,それを心の中で深く考えてほしい。

また,この記録を受けるとき,これが真実かどうかキリストの名によって永遠の父なる神に問うように,あなたがたに勧めたい。もしキリストを信じながら,誠心誠意問うならば,神はこれが真実であることを,聖霊の力によってあなたがたに明らかにしてくださる。

そして聖霊の力によって,あなたがたはすべてのことの真理を知るであろう。」9

この約束が真実であることを,すべての皆さんがすでに自分自身で確かめているか,またはすぐに確かめることを願っています。答えは,一つの力強い霊的な経験により与えられるとは限りません。わたしの場合,答えは初め静かにやって来ました。しかし,モルモン書を読みそれについて祈る度に,いっそう強い答えを受けました。

わたしは過去の出来事に依存しません。モルモン書について生きた証を固く保つためにモロナイの約束を頻繁に受けるようにしています。わたしは証という祝福が,いつまでも有効な当たり前の権利だとは思いません。

証は,信仰の祈りや,聖文に記された神の御言葉を求める強い望み,受け入れた真理に従うことによって培う必要があります。祈りを怠るならば危険にさらされます。聖文をいいかげんに学んだり読んだりするならば証は危機に瀕ひんします。それらは証に必要な栄養です。

アルマの警告を覚えているでしょう。

「しかし,もしあなたがたがその木に構わず,養い育てることに心を配らなければ,見よ,それが根付くことはないであろう。そして,太陽の暑さが及んでその木を熱すると,その木はまったく根がないので枯れてしまうであろう。そこであなたがたは,その木を抜いて捨てる。

さてこれは,種が良くなかったからでもなければ,実が好ましいものでなかったからでもない。ただ,あなたがたの土地がやせているためである。あなたがたがその木に養いを与えようとしないので,実を得ることができないのである。」10

神の御言葉をよく味わい,心から祈り,主の戒めに従うことは,証をはぐくみ大きくするためにたゆまず継続的に行うべきことです。手に余る状況に直面していつもの聖文学習が妨げられることがだれにでもあります。何らかの理由で祈らないことを選ぶ時期があるかもしれません。しばらくの間無視することを選ぶ戒めがあるかもしれません。

しかし,アルマの警告と約束を忘れると,生ける証を得たいという望みはかなえられません。

「このように,もし信仰の目をもって実を期待しながら御言葉を養おうとしなければ,あなたがたは決して命の木の実を得ることができない。

しかし,あなたがたが御言葉に養いを与えようとすれば,つまり,その木が生長を始めるときに,非常な熱意と,忍耐を伴う信仰を働かせてその実を期待しながら養いを与えようとすれば,それは根付くであろう。そして見よ,それは生長して永遠の命をもたらす木になるであろう。

あなたがたは,御言葉が自分の中に根付くように,熱意と信仰と忍耐をもってそれを養うので,見よ,やがてその実を得るであろう。その実は最も価値があり,どんな甘いものよりも甘く,どんな白いものよりも白く,どんな清いものよりも清い。また,あなたがたは満ち足りるまでその実を食べて,もう飢えることも,渇くこともないであろう。

ノノそのときにあなたがたは,その木があなたがたのために実を結ぶのを待ちながら示した,あなたがたの信仰と熱意と忍耐と寛容の報いを刈り入れるのである。」11

「実を期待しながら」というこの聖句の言葉は,今晩皆さんに与えられた賢明な教えと結びついています。これこそ,皆さんの目が将来神殿で結び固めを受ける日に向けられた理由です。皆さんが結婚する,神の神殿の結び固めの部屋で,向き合った壁の鏡に映る一続きの果てしない光を心に描くよう促されたのも,このためです。

証から生まれた望みを十分に持ってそのような日を待ち望めるならば,皆さんは強められてこの世の誘惑を退けることができるでしょう。さらに救い主のように生活しようと努力することを選ぶ度に,証は強められます。やがて,主が世の光であられることを自分自身で知ることができるでしょう。

また,自分の生活の中で光が輝きを増しているのを感じるようになるでしょう。努力なしにその日は来ません。しかし,証が増し加えられ,その証をさらにはぐくむことを選ぶならば,その日が訪れます。教義と聖約には次のような約束が記されています。「神から出ているものは光である。光を受け,神のうちにいつもいる者は,さらに光を受ける。そして,その光はますます輝きを増してついには真昼となる。」12

証を人々と分かち合うときに,皆さんは世の光となります。皆さんは生活の中でキリストの光を人々の前に輝かすでしょう。皆さんの愛する人たちにその光が届くよう,主は方法を見いだしてくださいます。そして,神の娘たちの信仰と証が一つとなることを通して,神は神の王国と全世界の大勢の人々の生活に神の光を注がれます。

皆さんの証と選択には,教会の希望と,将来皆さんの模範に従う世代の希望があります。「わたしに従ってきなさい」という主の招きを聞いて受け入れるという模範です。主は皆さんを御存じであり,愛しておられます。

わたしの愛と証を残します。皆さんは,愛にあふれた生ける天の御父の娘です。復活された御子イエス・キリストが救い主であり世の光であられることをわたしは知っています。聖霊が今晩,皆さんの心に真理を確認するメッセージを送られたことを証します。トーマス・S・モンソン大管長は生ける神の預言者です。このことをイエス・キリストの聖なる御名みなにより証します,アーメン。

  1. .ルカ18:22

  2. .ブリガム・ヤング,A Century of Sisterhood: Chronological Collage, 1869-1969 (1969年), 8

  3. .ジョセフ・フィールディング・スミス,Answers to Gospel Questions, ジョセフ・フィールディング・スミス・ジュニア編,全5巻(1957-1966年),第3巻,31

  4. .アルマ32:27参照

  5. .ヨハネ7:17

  6. .教義と聖約14:7参照

  7. .マラキ4:5-6;ジョセフ・スミス-歴史1:38-39参照

  8. .教義と聖約138:23-24

  9. .モロナイ10:3-5

  10. .アルマ32:38-39

  11. .アルマ32:40-43

  12. .教義と聖約50:24