2000–2009
厳しい時代の中で強さを見いだす!
脚注

Hide Footnotes

テーマ

厳しい時代の中で強さを見いだす!

自分で霊感を受ける力は,これからの時代に欠かせないものとなるでしょう。

アンダーセン長老,この新しい召しを果たすに当たり,わたしたちの愛と祝福と支持をお伝えします。兄弟姉妹の皆さん,世界中で個人や家族は今,厳しい状況にあります。前途には試練が待ち受けていますが,同時に,今はすばらしい時代であり,特に若者にとってこの時代を生きるのはすばらしいことです。わたしは自分の子供や孫たちが,困難や挫ざ折せつ,障害に直面しながらも,満ち足りた生活を送っている様子を見ています。

現代は預言が成就しつつある時代です。わたしたちは時満ちる神権時代に生きています。すなわち,今は救い主が再び戻って来られるのに備える時であり,また,自分の救いの達成に努める時でもあります。

雨風は,すべての人に等しく降り注ぎ,吹きつけますが,嵐あらしに耐えられるのは,砂ではなく岩の上に土台を建てた人です。1岩の上に土台を建てるには,イエス・キリストの福音に個人的に深く帰き依えし,霊感を受ける方法を知る必要があります。自分で知り,知っていると自覚するのです。この世のすべての造られたものから,物質的にも精神的にも自立する必要があります。2そのためにはまず,父なる神がわたしたちの霊の父親であり,わたしたちを愛しておられること,イエス・キリストがわたしたちの贖あがない主,救い主であられること,聖霊がわたしたちの頭と心に語られることを理解する必要があります。3これが霊感を受ける方法です。わたしたちは御み霊たまの促しを認識し,生活に応用するようになる必要があります。

高校生のときわたしはアメリカンフットボールに熱を入れていました。ポジションはミドル・ラインバッカーでした。コーチから基本をたたき込まれ,体で覚え込むまで練習しました。最大のライバルとの試合で学んだことが,その後何年も役に立っています。そのとき,わたしたちは守備側でした。わたしはマークする相手を知っていました。プレーが始まり,彼はスクリメージ・ラインのわたしの右に来ました。選手も観客も叫んでいます。コーチから学んだとおりに,ボールを持っているかどうか分からないまま相手を追いました。驚いたことに,ボールが手に触れました。ぐいっと引きましたが,相手も離しません。引っ張り合いをしていると,大喚声の中に一つの叫び声が聞こえました。「パッカー,タックルしろ!」わたしははっとわれに返り,すぐさまタックルして相手を倒しました。

あの喚声の中で,どうしてあの声が聞き分けられたのでしょう。わたしは練習を通じてコーチの声に慣れ親しみ,その声を信頼するようになっていました。彼の教えに従えばうまくいったからです。

わたしたちは聖霊の促しに慣れ親しみ,体で覚え込むまで福音の教えを実践し応用する必要があります。このような促しは,わたしたちの証あかしの土台になります。そして,わたしたちは証を得ると,困難な時代にあっても幸福と安全を保つことができるのです。

ダリン・H・オークス長老は証をこのように定義しています。「福音の証とは,永遠の価値を持つ幾つかの特定の事柄が真実であり,自分はそれが真実であることを知っているという,聖霊から心に与えられた個人的な証拠です。」4別のときにオークス長老はこう言いました。「証は知り,感じることであり,改心は行い,変わっていくことです。」5

深く改心し,神から霊感を受けるために,できることがあります。まず,望みを持つ必要があります。アルマは言いました。「人が死ぬことを望もうと生きることを望もうと,神が彼らの望むままにされることを知っているからである。」6

次に,アルマは御み言こと葉ばを試すように勧めています。「御言葉を一つの種にたとえてみよう。さて,もしあなたがたが心の中に場所を設けて,種をそこに植えるようにするならば,見よ,それがほんとうの種,すなわち良い種であり,またあなたがたが主の御霊に逆らおうとする不信仰によってそれを捨てるようなことがなければ,見よ,その種はあなたがたの心の中でふくらみ始めるであろう。そして,あなたがたは種がふくらみつつあるのを感じると,心の中で次のように思うであろう。『これは良い種,すなわち御言葉は良いものに違いない。これはわたしの心を広げ,わたしの理解力に光を注ぎ,まことに,それはわたしに良い気持ちを与え始めている。』」7

次の段階は研究し,学ぶことです。熟考すれば,証が広がり,深まります。「しかし見よ,わたしはあなたに言う。あなたは心の中でそれをよく思い計り,その後,それが正しいかどうかわたしに尋ねなければならない。」8

霊感による答えがどのようなものか分かるようになります。それは思いや気持ちとして頭や心にもたらされます。9 時には,胸が熱くなることもあります。エリヤは,答えは「静かな細い声」としてもたらされると教えました。10主は言われました。「もしそれが正しければ,わたしはあなたの胸を内から燃やそう。それゆえ,あなたはそれが正しいと感じるであろう。」11

ジョセフ・スミスは,答えを待つときには,心に浮かぶ思いや気持ちに注意するように教えました。やがて,聖霊の促しが認識できるようになるでしょう。

ジョセフはこう述べています。「啓示の霊が最初に何かを勧めたときにそれと気づくなら,人は益を得ることでしょう。例えば,純粋な英知が流れ込んできたと感じるとき,突然様々な考えがわいてくることがあります。そのような促しに気づくならば,その日のうちに,あるいはそう遠くない将来に,それが成就するのを確認できる,(言い換えれば,)神の御霊によって心に示された事柄が,実際に起こるのです。このように,神の御霊を経験し,理解することによって,啓示の原則が身に付いていき,ついにはキリスト・イエスにあって完全な者となるでしょう。」12

このような能力を養うなら,証を得る助けとなり,将来さらに霊感を得るための手段となります。

証は劇的な現れを伴うこともありますが,普通はそうではありません。証を得るにはまずジョセフ・スミスの示現のような経験が必要だと考える人が時々います。祈りがこたえられる時間や場所や方法について非現実的な期待を抱くと,答え(ほとんどの場合,祈りの後で何かほかのことをしているときに,静かで平安な感情や思いとしてもたらされます)に気づかないかもしれません。そのような答えも同じ説得力と力を持ち得るのです。

やがて,答えを受け,そうすると霊感がもたらされる方法を理解します。これは各自が自分で学ぶことです。

次に,真理の証を求めることにより霊感の窓が開きます。祈りは霊感を招く最も一般的で力強い方法です。頭の中で問うだけでも13, 窓は開き始めます。聖文はこう教えています。「求めよ,そうすれば,与えられるであろう。捜せ,そうすれば,見いだすであろう。門をたたけ,そうすれば,あけてもらえるであろう。」14

イエスはまた,教義を生活に応用するよう教えておられます。「神のみこころを行おうと思う者であれば,だれでも,わたしの語っているこの教おしえが神からのものか,それとも,わたし自身から出たものか,わかるであろう。」15

やがて,自分の証を得,自分で知り,知っていると自覚するようになります。そうすると,この世的なすべてのことから解放されます。わたしたちにとって正で16,必要なものなら17「聖霊の力によって,〔わたしたちは〕すべてのことの真理を知るであろう」18とあるからです。強さと慰めを受け,困難な時代にあっても正しく決断し,自信をもって行動する助けが得られるのです。19

そのような証は,指導者だけでなく,すべての男性,女性,青少年,幼い子供にさえ与えられます。自分で霊感を受ける力は,これからの時代に欠かせないものとなるでしょう。

青少年時代に,神権の務めを果たすことで証が大きくなることを知りました。わたしは知ることを熱望し,研究し熟考し,答えを求めて祈りました。そしてある日,祭司として聖せい餐さん台に着いていたときに,わたしは感じ,知りました。

今はすばらしい時代です! 主はわたしたち一人一人を必要となさっています。今はわたしたちの時代です。次のような賛美歌があります。

立ち上がれ,神につく者たちよ。

小さき事柄を離れ,

心と精神と思いと力を尽くして

王の王に仕えん。20

わたしは,天の御父がわたしたちの霊の父であられ,イエス・キリストがわたしたちの贖い主,救い主であられ,聖霊が神聖な導きを与えてくださる御方であることを証します。わたしたちは個人的な霊感を受けられることを証します。そのような霊感をもたらす声をわたしたちが知ることができるよう,イエス・キリストの御み名なにより祈ります。アーメン。