2000–2009
「わたしの羊を養いなさい」

「わたしの羊を養いなさい」

姉妹たちを毎月訪問することにより,愛,友情,信頼のきずなを結ぶことができます。

皆さんの前に立ち,心に感じている事柄を分かち合う機会を頂き,へりくだる思いです。世の標準で言えば,わたしはごく平凡で,取るに足りない者ですが,非常に憐あわれみ深い主は,たぐいまれな機会や一つの貴重な賜たま物ものを絶えずわたしに与えてくださいました。わたしが受けているその賜物とは,主の福音が真実であり,イエス・キリストが実在の御方であり,主の贖あがないの犠牲が現実のものであるということです。まだ14歳のときに,初めて宣教師の話を聞いてモルモン書を読んだときからずっと聖霊の導きと影響を感じてきました。わたしの証あかしは常に心の中で燃えており,わたしの信仰は確固としたものです。このような信仰と証という賜物によって,わたしの人生は大きな祝福を受けてきました。

わたしは今日きょう,世界中で最もすばらしく,最も価値ある女性たちの中に立っています。この瞬間,自分の肩にかかる責任の重さを感じています。この機会に,主がわたしを通して皆さんに告げようとされる言葉を語れるように,霊感を求めて祈り,聖文を研究して深く考えてきました。

扶助協会会長会は,扶助協会の歴史と目的について何度も学び,深く考えてきました。このたぐいまれな組織は,教会の女性たちに仕え,祝福するために,神が預言者を通じて組織されたものです。扶助協会は,当時の女性たちの優しい心の望みにこたえて霊感によって生まれました。この組織には,二つの明確な目的があります。すなわち,貧しい人々を援助し,人々を救うということです。1

ベック姉妹は,教会の女性は上手に人を助けることができるし,そうするべきだと述べました。

ヨハネによる福音書第21章15節から17節で教えられている原則について考えてみましょう。主はペテロにこのようにお尋ねになりました。「わたしを愛するか。」ペテロは答えました。「わたしがあなたを愛することは,あなたがご存じです。」そして主はこのようにおっしゃいました。「わたしの小羊を養いなさい。」主はペテロにもう一度お尋ねになりました。「わたしを愛するか。」ペテロはまたこのように答えました。「わたしがあなたを愛することは,あなたがご存じです。」主はペテロに言われました。「わたしの羊を飼いなさい。」主は3度目に言われました。「わたしを愛するか。」ペテロはこのように答えました。「主よ,あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは,おわかりになっています。」イエスは彼に言われました。「わたしの羊を養いなさい。」

わたしたちもキリストの弟子として,主を愛していると宣言しています。それでは,どのようにして主の羊を養うのでしょうか。

扶助協会の姉妹たちは,家庭訪問を行うことによって主の羊を養うことができます。家庭訪問の目的は,一人一人の姉妹といたわり合う関係を築き,援助し,相手を慰め,友情を築くことです。2v

  1. 割り当てられた姉妹を定期的に訪問する(可能であれば,毎月,担当の姉妹の家を訪問します)。

  2. その姉妹と家族の霊的な必要や物質的な必要を知る。

  3. 適切な援助を提供する。

  4. 毎月のメッセージを通して霊的な教えを伝える。3

主は女性に,愛,思いやり,親切,慈愛という天与の特質を祝福しておられます。訪問教師としての毎月の訪問の際に,愛と親切の手を差し伸べ,思いやりと慈愛の賜物をささげるときに,一人一人の姉妹を祝福することができます。個人的な状況がどうであれ,わたしたち一人一人に人を教化し,養う機会があるのです。

わたしは中南米の多くの国々やカリブ海,スペインで暮らしたことがあります。家庭訪問のために,遠くまで歩いたり,バス,地下鉄,汽車などで訪問したりする様子を見てきました。コスタリカに住む友人のアンナは,子供が小さかったころも,毎月家庭訪問を行いました。大雨の中を歩いて訪問したことも何度もあります。30年たって孫が生まれた今でも忠実な訪問教師です。彼女は多くの人々の生活を祝福してきました。

姉妹たちを毎月訪問することにより,愛,友情,信頼のきずなを結ぶことができます。御霊みたまの促しに耳を傾けるなら,人の必要にさらに敏感になることができるでしょう。御霊の促しに従って行動するなら,助けの必要な人を祝福することができます。そのためには,わたしたちは持ち物や時間を進んでささげなければなりません。人生の真の価値は,どれほど得たかではなく,どれほど与えたかによって測られるのです。互いの肉体的,霊的,精神的必要に寄り添うとき,家庭訪問は与える機会となります。

ドミニカ共和国に住んでいたころ,わたしは,ある姉妹を訪問しました。彼女は3人目の子供を出産し,退院したばかりでした。上に二人の幼い子供がいるにもかかわらず,とても元気で落ち着いているので驚きました。しばらく言葉を交わした後で,扶助協会の姉妹たちが数日間毎日手伝いに来てくれるので,とても心強く感じているのだと話してくれました。彼女は愛されていると実感していました。

わたしはコスタリカのサンノゼにいたときに何度か出産しましたが,生まれたばかりの赤ん坊を抱いて退院してくる度に,訪問教師がいつもだれよりも早く会いに来て,食事を持って来てくれました。

ボイド・K・パッカー会長は,扶助協会で行われる奉仕は個々の姉妹を尊んで大いなる者として聖別すると語りました。また,どんな社交クラブや同様の団体よりも扶助協会の奉仕を優先するようにと勧告しています。4

家庭訪問は会員の定着や最活発化においても大いに力を発揮します。あるヤングシングルアダルトの姉妹はこのように述べています。

「『リアホナ』の大管長会メッセージを読んでいたとき,家庭訪問の割り当てについて思い出しました。同僚とは親しかったのですが,予定がなかなか合いませんでした。その朝,わたしは担当の姉妹に電話で訪問の約束を作り,同僚の予定が空いていることを願いました。残念なことに,同僚の時間は空いていませんでした。一緒に訪問できる人がいないかどうかルームメートに聞いてみましたが,だれも都合がつきません。家庭訪問を一人で行うことは理想的でないので中止にすることも考えましたが,翌月まで待つよりは一人で訪問する方がよいだろうという結論に至りました。

アレハンドラの家に着たわたしは緊張しながらドアに近寄りました。アレハンドラとはほとんど面識がありません。電話ではとても好意的だったので,教会で会ったことがあるのかもしれないと思いました。アレハンドラはわたしを抱きしめ,満面の笑みを見せてくれました。初対面でした。アレハンドラはまた教会に集いたいと思っていたことや,ここ数か月間,だれかが訪問してくれるように願っていたことを話してくれました。訪問教師が訪ねて来たのはこれが初めてだとのことでした。わたしたちは福音の原則について少し話し合い,それからその月の家庭訪問メッセージについて話し合いました。アレハンドラは次の週から教会に来る決意をしました。そして,実際に来てくれました。(しかもボーイフレンドまで連れて来たのです。)

以来,アレハンドラとわたしは良い友人になりました。家庭訪問の担当は変わりましたが,月に2回以上行き来しています。アレハンドラは教会や家庭の夕べに出席し,インスティテュートにも通っています。

今,わたしには,家庭訪問についてかつてないほど強い証があります。聖霊から静かに促され,アレハンドラのような親切で愛ある友人のもとへ導かれたことに感謝しています。二人ともこの経験によって強められました。この経験はわたしたち二人が霊的に進歩するために必要なものでした。」5

一人の羊飼いが関心を寄せるなら,迷い出た羊の多くを取り戻すことはまだ可能です。彼らは群れに戻る招きに応じてくれるかもしれません。

モロナイ書第6章4節には,バプテスマを受けてキリストの教会に入った人々を覚えて養うようにという勧めがあります。

毎月訪問して福音のメッセージを分かち合うことにより,信仰と証が築かれます。福音の原則,聖句,預言者の教えについて話し合いながら,深く理解したことや個人的な経験を述べるときに,伝える方も聞く方も,ともに教化されます。

さらに,家庭訪問の同僚となる二人の姉妹は,親しい友人になり,互いに教化し合えるという祝福もあります。ともに奉仕することにより,互いに学び,愛し合うようになるのです。

わたしたちは意味のある援助をすることができますし,そうするべきです。わたしたちは福音を通して生活を見ることができます。善いことを行うようにと神から促しを受けます。家庭訪問を効果的に行うことを決意しましょう。わたしたちは,物質的,霊的な養いを与えることができます。わたしたちは教義を理解して教えることができますし,またそうするべきです。わたしたちは霊的に飢えている人々を助け,羊を養うことができます。羊を養うとは,新会員や,あまり活発でない会員,あるいは活発な会員でさえも強め,養うことを意味するかもしれません。

わたしたちは,神とその子供たちへの愛で心を満たし,無私の心で,静かに,喜んで奉仕するべきです。群れを飼い,キリストのみもとに招くためには,純粋な心遣いがなければなりません。

わたしたちが主体的に,喜んで家庭訪問を行うに際して,愛と思いやりの腕を差し伸べて,互いを祝福し,助け,強めるというさらに大きな決意をすることができますように。イエス・キリストの御名みなにより,アーメン。