2000–2009
什分の一の律法
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什分(じゅうぶん)の一の律法

主を信頼してください。主御自身が「これをもってわたしを試みなさい」とおっしゃっているのです。

今日(きょう)わたしは,什分の一を完全に納めることの大切さについて証(あかし)をお持ちでない方々に,その証を得るようにお勧めします。什分の一を納めない人は様々な理由を口にします。急に病気やけがをした,借金がある,車や家の修理,教育費が要る,保険料の支払いがあるなどです。このような理由やそのほかの同じような理由は現実的で,多くの教会員が日常生活の中で直面しています。それらは家計に響きます。家計を賢く管理しなければ,主への義務である什分の一を納められなくなります。

この永遠の律法への不従順を,軽く考えてはいけません。什分の一をなおざりにすると,霊的な成長が大きく損なわれるだけでなく,現世の実生活の中で十分な祝福が受けられなくなります。スペンサー・W・キンボール大管長はかつてこう言いました。「什分の一は主の律法であり,主はすべての弟子たちにこれを守るように求めておられます。この神の律法を守ることは,名誉,特権であり,安全,約束,大いなる祝福の源となります。この義務を完全に守らない人は,自ら祝福を拒んでいますし,重大な事柄を見逃しています。それはささいな見落としなどではなく,背きなのです。」1

では,什分の一とは何でしょう。主はこう定義しておられます。「これがわたしの民の納める什分の一の始まりとなる。その後,このように什分の一を納めた者は,毎年彼らの得る全利益の十分の一を納めるのである。そして,これは……とこしえに彼らにとっての永続的な律法となる……。2什分の一は単なる自発の供え物ではなく,毎年の利益や収入の20分の1でもなく,収入の単なる一部でもありません。

ハワード・W・ハンター大管長はこのように述べています。「律法はただ『全利益の十分の一』と定めています。利益とは,利潤,報酬,収益のことです。それは,働いて得たお金,ビジネスで得た利益,栽培や生産によって増えた作物や家畜,その他の源から生じた利益のことです。主はこれを『とこしえに』永続的な律法と述べておられます。3

什分の一はどのように使われるのでしょうか。忠実な教会員は支部会長会またはワードのビショップリックの一員に什分の一を納めます。教会員が納めた什分の一は,主の預言者の指示の下に集められ,世界中の教会の成長と発展のために使われます。例えば,神殿を建設する,世界中で行われている伝道活動を支える,集会所を建築し維持管理する,あるいはそのほかのふさわしい目的のために使われています。

主はなぜ民に什分の一を求められるのでしょうか。主は父親として,わたしたちを愛しておられます。愛するわたしたちを,物心両面で祝福したいと望んでおられます。聖文に書かれた主の御み言こと葉ばに耳を傾けてください。「耳を傾けて聞きなさい,おお,わたしの民よ。主であり,あなたがたの神である者は言う。……わたしはあなたがたを,すべての祝福の中で最も大いなるものをもって祝福することを喜びとする。」4「主はこのように言う。すなわち,主なるわたしは,わたしを畏(おそ)れる者に憐(あわ)れみ深くかつ恵み深く,また最後まで義をもって真理にかなってわたしに仕える者に誉れを与えるのを喜びとする。」5

主は御自分のすべての子供たちを祝福したいと望んでおられます。ですから主は,すべての人に公平に祝福を与える律法を定められました。主はその律法の原則を,回復された教会の預言者に示されました。「創世の前に天において定められた不変の律法があり,すべての祝福はこれに基づいている。すなわち,神から祝福を受けるときは,それが基づく律法に従うことによるのである。」6「あなたがたがわたしの言うことを行うとき,主なるわたしはそれに対して義務を負う。しかし,あなたがたがわたしの言うことを行わないとき,あなたがたは何の約束も受けない。7

主は御自分の子供であるわたしたちが地上で生活する間,物心両面で試練を受けることを初めから御存じでした。むしろ,試練はこの試しの生涯に不可欠なものです。わたしたち一人一人が試練を乗り越え,ある程度快適な生活を送り,繁栄を享受するためには,一生を通じて主の祝福を受ける必要があります。主はそのことを御存じでした。

こうして,什分の一の律法が時の初めに定められたのです。聖文から,アブラハムがこの律法に従うことにより祝福されたことが分かります。現在も,同じ律法があります。その律法は,今からおよそい主によって,繰り返し述べられました。

「『わたしの家に食物があるように,什分の一をすべてわたしの倉に携えて来なさい。これをもってわたしを試み,わたしが天の窓を開いて,受け入れる余地がないほどの祝福を,あなたがたに注ぐかどうかを見なさい』と,万軍の主は言う。

『わたしは食い荒らすものをあなたがたのために抑えて,あなたがたの地の産物が荒らされないようにしよう。また,あなたがたのぶどうの木が熟す前に,その実を畑に落とすことのないようにしよと,万軍の主は言う。

『諸国の民は皆,あなたがたを祝福された者と言うであろう。あなたがたは喜ばしい国となるからであると,万軍の主は言う。」8

何とすばらしい律法でしょう。主は御自分の子供たちを物質的にも霊的にも祝福する力を持っておられ,実際に祝福したいと望んでおられるのです。そこで主は,人が望み,必要とする祝福の扉を開く鍵(かぎ)をくださいました。その鍵こそ什分の一の律法なのです。ジェームズ・E・ファウスト管長が述べたように,「什分の一を納めるだけのゆとりがないと言う人もいるかもしれません。しかし,主はわたしたちがすべての戒めを守る道を備えてくださいます。什分の一を納めるには,最初は大きな信仰が必要です。……でも,納めてみれば分かります。乏しい中から主にお返しする信仰があれば,きっと貧しさを克服できるとわたしは信じています。9兄弟姉妹の皆さん,わたしたちはこの律法を守りさえすればよいのです。

皆さんにお勧めします。まだ什分の一を完全に納めていない人は,今日から地元の神権指導者を通して,什分の一を主に対して完全に納めてください。他の金銭的な義務を果たす前に,まず什分の一を主に納めてください。主を信頼してください。主御自身が「これをもってわたしを試みなさい」10とおっしゃっているのです。そのようにして,主に対して什分の一を納めるという義務を,すべての金銭的な義務の中で最優先させるならば,主が天の窓を開いて「受け入れる余地がないほど」11多くの祝福を注いでくださるという主の比類ない力についての確かな証人となることでしょう。このきわめて神聖な什分の一の律法に対する自分の証を得,引き続きこの律法を従順に守ることにより,ますます主に近づくことができるでしょう。

すでに什分の一を納めている皆さん,わたしは皆さんの忠実さを称賛します。皆さんは,主がこの戒めに従う人に対して約束を成就されることについて,すでに個人的な証を持っています。そして,什分の一を納めるたびに,皆さんの主に対する忠誠心はさらに強められています。

わたしには自分自身の証があります。什分の一の律法と,この律法について主が与えられた約束は確かに実現します。個人的な経験から,確かに祝福が来ることを知っています。そのことを知っていることに心から感謝しています。イエス・キリストの御名(みな)により,アーメン。