2000–2009
指示に従う
脚注

Hide Footnotes

テーマ

指示に従う

を感じ取れるように思いと心を開けば,主は,主の時と主の方法で,皆さんの人生にとって恵みとなる指示を授けてくださることでしょう。

昔ワード書記として奉仕していたときのことですが,新年度の資料が家に配達されました。膨大な資料の中で書記あての一つの箱が目に留まりました。テープで留めた荷札に太い字でこうタイプしてあります。「何をしてもうまくいかないときは,どうか指示に従ってください。」

わたしは,これは送り先の全員に同じように書かれたものではなく,教会本部でわたしのことを個人的に知っている人が付けたものに違いないと思いました。

当時は笑い話でしたが,あの荷札が教えてくれたことは今でも心に深く刻み込まれています。「何をしてもうまくいかないときは,どうか指示に従ってください。」

この人生では,だれもが多くの問題を経験します。そして,一人一人には選択の自由があって,それが進歩に影響を及ぼします。良い選択をすれば約束の恵みが得られ,悪い選択をすればいつも望ましくない結果が生じます。

人生は不確実です。わたしたちに与えられている時間はつかの間で,貴重です。今は「神にお会いする用意をする」時期です(アルマ34:32)わたしたちの体や霊にとって害があると分かっていることを試したり,そうしたものにかかわったりして過ごす無駄な時間はありません。

完全な人はいません。皆,助けが必要です。でも,もし感じる心と聞く耳を持ち,謙虚な態度でいるならば,独りで取り残されることはありません。

「心をつくして主に信頼せよ,自分の知識にたよってはならない。

すべての道で主を認めよ,そうすれば,主はあなたの道をまっすぐにされる。」(箴言3:5-6)

では,どのようにして指示を受けるのでしょうか。

第1に,誠実な望みが必要です。

第2に,信仰が必要です。主がわたしたちを御存じで,わたしたちを愛し,祈りにこたえてくださると信じることです。

聖書を読んでいたジョセフ・スミスの目に留まったのがヤコブの手紙第1章5節と6節です。

「あなたがたのうち,知恵に不足している者があれば,その人は,とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に,願い求めるがよい。そうすれば,与えられるであろう。

ただ,疑わないで,信仰をもって願い求めなさい。」

ジョセフは指示に従い,お祈りへの答えを受けました。わたしたちも祈りへの答えを受けることができます。

わたしはこれまで農業を営み,大家族の父親として過ごしてきました。もちろん個人の祈りや家族の祈りは日々の日課でしたが,時々必要に駆られて,夜中に畑に出たり干し草の傍らにひざまずいたりして,天を見上げ,声に出して天の御父に語りかけたことがあります。そしていつも感じたのは御父の温かな心でした。こうしてわたしは,御父は祈りを聞いてくださり,御父の知恵によりわたしにとって最も善の答えを与えてくださることを知ったのです。この知識は今も変わりません。

世界中のすべての方,すなわち,希望の必要な方,慰めの必要な方,不幸だと感じておられる方,人生に方向性と目的が必要な方,わたしの愛する友である皆さんにお勧めします。心からお勧めします。頭こうべを垂れ,ひざをかがめてください。皆さんのために御子がささげられた贖あがないの犠牲とこれまで御子が授けてくださったあらゆる祝福について,皆さん自身の言葉で天の御父に感謝してください。目には涙がにじみ,胸には御霊みたまのぬくもりが感じられることでしょう。

それから,慰めと導きと理解を求めて主に語りかけてください。御霊を感じ取れるように思いと心を開けば,主は,主の時と主の方法で,皆さんの人生にとって恵みとなる指示を授けてくださることでしょう。

聖文には古今の預言者からの指示も含まれています。「聖書は,すべて神の霊感を受けて書かれたものであって,人を教え,戒め,正しくし,義に導くのに有益である。」(2テモテ3:16)

この神権時代において,主は次のような慰めとなる勧告を授けてくださっています。「あなたがたの敵を恐れてはならない。あなたがたがふさわしいと認められるように,死に至るまでもわたしの聖約の中にとどまるかどうか,あらゆる点であなたがたを試すことを,わたしは心の内に定めたからである・・・。」(教義と聖約98:14)

以下の指示は,勤勉さと決意,最後まで堪え忍ぶ精神が求められるものです。

「したがって,あなたがたはこれからもキリストを確固として信じ,完全な希望の輝きを持ち,神とすべての人を愛して力強く進まなければならない。そして,キリストの言葉をよく味わいながら力強く進み,最後まで堪え忍ぶならば,見よ,御父は,『あなたがたは永遠の命を受ける』と言われる。」(2ニーファイ31:20)「さらにまた,わたしはあなたがたに言う。あなたがたがわたしの命じることを何であろうと努めて行うならば,主なるわたしは,あなたがたからすべての怒りと憤りを解こう。そして,地獄の門もあなたがたに打ち勝つことはない。」(教義と聖約98:22)

「備えていれば恐れることはない。」(教義と聖約38:30)

わたしたちはこれまで,主の生ける預言者から指示を受けてきました。わたしはゴードン・B・ヒンクレー大管長が今日こんにちの主の預言者であることを証あかしします。大管長はこの時代に必要な霊感に満ちた勧告を授けてくれています。

2001年10月の総大会で大管長はこう言いました。

「さて,今日こんにち,わたしたちは特別な問題に直面しています。深刻で,痛切かつ困難な問題であり,わたしたちにとって大きな関心事となっています。確かにわたしたちは主を必要としています。… …

わたしたちの安全は生活の徳高さにかかっています。わたしたちの強さは義の中に存在しています。神は次のことを明確にされました。すなわち,わたしたちが神を捨てなければ,神はわたしたちを見捨てられないということです。」(「また逢あうまで」『リアホナ』2002年1月号,104-:105参照)

指示を受けたわたしたちはその指示に従順に聞き従わなければなりません。召された指導者に聞き従わなければなりません。

あるとき救い主は群衆を羊飼いのいない羊の群れにたとえられました(マタイ9:36参照)。この教会のすべての会員には羊飼いがいます。定員会の指導者,監督,ステーク会長です。

また主はわたしたちに,聖文を調べて戒めに従うように求めておられます。主は「わたし自身の声によろうと,わたしの僕しもべたちの声によろうと,それは同じであ」り(教義と聖約1:37-38),すべて成就すると約束しておられます。

主はこう宣言されました。「何であろうと聖霊に感じて語ることは,聖文となり,主の心となり,主の思いとなり,主の言葉となり,主の声となり,救いを得させる神の力となる。」(教義と聖約68:4)

「何をしてもうまくいかないときは,どうか指示に従ってください。」

このことを実行できますように。イエス・キリストの御名みなによって,アーメン。