2000–2009
神の霊を持つ人になる
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神の霊を持つ人になる

主は、忠実さに基づいてわたしたちの生活を祝福する義務を負うと厳かに聖約されました。主のみが神の霊すなわち聖霊を持つ人にわたしたちを変えることがおできになるのです。

今晩、わたしは聖なるアロン神権を持つすばらしい若い男性の皆さんにお話ししたいと思います。神の神権を持つということは何と特別な祝福でしょうか。神権はわたしたちの才能や能力、識別力を大いに増し加えてくれます。この特権から得られる祝福を説明するために、二人の神の人についてお話ししようと思います。二人ともジョセフという名前でした(訳注一ヨセフは英語ではジョセフである)。

わたしの父が特別な経験をしたのは祭司の年齢にあるときでした。父が住んでいた町には高等学校がありませんでしたが、父は教育を受けたいと思っていました。父は祖父から、農場を出てどこかほかの土地で教育を受ける許可を得ましたが、家族から経済的援助を受けることはできませんでした。ソルトレーク・シティーに着くと、ジョセフ・F・スミス大管長の家に働き口があることを聞きました。父は雇われ、預言者が所有している2頭の雌牛を世話することになりました。我が家の家庭のタベでは、父が預言者の家で生活した少年時代の経験を話してくれるようにせがんだものです。次のような話をよく聞きました。

スミス姉妹が父に仕事を教えました。こんなふうに説明したのです。その雌牛は「上等な牛ですから、大事に扱わなければいけません。とびきり清潔にして、上手にならしてくださいよ。もし、わたしが客間に連れて行こうと思ったら、いつでも入って行けるくらいきれいにね。」父が言うには、乳の搾り方は知っていたけれども、清潔にする方法は知らなかったそうです。

毎朝、毎晩、乳搾りの前に、雌牛を徹底的に洗って、乾かすことになっていました。お湯と、石けんと、タオルがこのために用意されていたのです。最高の干し草を食べさせ、1日2回、かっきり同じ時間に乳を搾りました。

父はスミス家での仕事と「上等な」雌牛の世話をしたほかに、時々家の仕事も頼まれました。父はよく、このように話してくれました。「大変寒い朝のこと、大管長専用の邸宅に続く石段を洗ったんだ。そうしたら、大管長が、その階段からもう少しで滑り落ちそうになってね。というのは、お父さんが水をまいたままにしておいて、凍ってしまったからなんだけどね。それからすぐに、熱湯を持って来て氷を解かし、タオルで石段から水分を取り除かなくちゃならなかったんだよ。階段はほぼきれいになったけど、同級生たちが学校へ行こうとして通りすぎる時間になってしまったよ。こっちはまだ仕事が片付いていないというのに。あのときは、謙遜けんそんな気持ちを味わったなあ。」

このような話をしたからと言って、わたしの父がシンデレラのような惨めな少年だったという印象を少しも与えたくはありません。スミス家族はアイダホ州から来たこの貧しい農家の少年を家庭に迎え入れてくれたので、父は高等学校を終え、ユタ大学に通うことができました。スミス家族は家族で活動をするときに父を仲間に入れ、一緒に食卓を囲み、家族の祈りにも参加させてくれました。父はわたしたちに、預言者ジョセフ・F・スミスがまことに神の人であったという証あかしを分かち合い、こう語っています。「家族の祈りのとき、預言者とともにひざまずき、主の祝福が家族や羊、牛の群れのうえにあるようにと真剣に祈る預言者の言葉に耳を傾けたんだ。そして、預言者があの上等な雌牛のために祈っていることを知ったとき、今自分がだれといるのかがはっきりと理解できたんだよ。……わたしが知っていた偉大な人間の多くは親しくつきあってみると、それほど偉大ではないと思えてきたが、預言者ジョセフ・F・スミスは違ってたんだ。日常のありふれた一つ一つの行いがその偉大さを証明していたよ。お父さんにとって、スミス大管長は手を洗っているときでも、靴のひもをほどいているときでも、預言者だったんだ。」

父は自分が学んだ教訓から、神の預言者に対する心からの感謝と愛を教えてくれました。

ジョセフ・F・スミス大管長についての父の言葉は、エジプトのヨセフに関するパロの言葉のようだと思います。「われわれは神の霊をもつこのような人を、ほかに見いだし得ようか。」(創世41:38)

父の話はスミス大管長とその家族、雌牛について教えてくれますが、一方、20世紀の初め以来どのように時代が変わったかについても明らかにしています。父は現代のコンピューターを想像したことなどなかったと思います。小さな机の上に置くことができ、ギガヘルッで表す速さとギガバイトで表す記憶容量を持っているのです。また、サタンがこの驚くべきテクノロジーを使って行う悪事を父は想像すらしなかったと思います。その邪悪な方法によって、サタンは新しい、伝染力のあるウイルスを数多くまき散らしてきました。このウイルスは、もしわたしたちが強い抵抗力を持たなければ、わたしたちの霊に甚大な被害を与えるのです。このことについて考えると、わたしは、ウイルスに対する最大の防御プログラム、つまり聖霊の賜物たまものに思いが至りました。

この賜物についてジョセフ・F・スミス大管長はこう語っています。「『聖霊の賜物』はイエス・キリストを信じ、悔い改め、バプテスマを受けた人に結び固められる特別な祝福であり、『いつまでも変わることのない証」です。神の御霊みたまは、特別な目的のために、特別な場合に、神の光と力が人に与えられることにより一時的な影響力を及ぼします。しかし、ぺンテコステの日に使徒たちに与えられた賜物、確認の儀式において授けられる聖霊の賜物は、永遠の証であり、より高いエンダウメントです。」(ジェームズ・R・クラーク編、Messages of the First Presidency of the Church of Jesus Christ of Latter-day Saints、全6巻〔1965-1975年〕、第5巻、4)

大切なのは皆さんがわたしたちの主であり救い主である御方の福音を学ぶとき家族が助けてくれることです。次に、わたしたちは皆、善悪を見分けるに当たって導いてくれる聖霊の賜物に頼らなければなりません。この点で、エジプトのヨセフの模範はわたしたち一人一人を教えるのに役立ちます。ヨセフは主の御霊に完全に頼った人です。それで、偶像礼拝に目をくらまされたパロでさえ、ヨセフの並外れた人格と強さを認めたのです。

今宵こよい、聖文から偉大な指導者について研究すれば、どのような重要なメッセージが得られるのか一緒に確かめてみましょう。ジョセフ・フィールディング・スミスは『福音の質疑応答』(Answers to Gospel Questions)の中で次のように教えています。

「古代に若者が召され聖任されたという証拠は豊富にある。大洪水以前、人の寿命が非常に長かったとき、比較的若い年齢で働くよう召された者がいる。エノクはわずか25歳でアダムによって聖任された。……また、ノアが神権を受けたのはわずか10歳のときであった〔教義と聖約107:48、52参照〕。イスラエルの息子ヨセフが何歳で神権を受けたかは記録がない。しかし、ごく若かったときに違いない。ヨセフはまだ17歳のときに兄弟たちによって売られたが、それより前に神権を得ていたに違いない。なぜなら、エジプトの地でそれを行使しているからである〔創世37:2;40:8-19;41:14-36参照〕。」(ジョセフ・フィールディング・スミス・ジュニァ編、全5巻〔1957-1966年〕、第2巻、9)

旧約聖書の創世記を調べると、ヨセフの物語があります。ヨセフは11人の兄弟がいる家族の一員で、そのうち10人は年上でした。父親はほかの子どもたちよりもヨセフが気に入っていたようです。そこでヨセフには長そでの着物を作ってやり、自分の身近にいさせました。そして、時々外出させ、羊の番をしている兄弟たちの様子を見に行かせました。また、ヨセフはまた、自分が兄弟たちより上の、権威ある地位に就くことを示しているような夢を見ました。

ある日、ヨセフが羊の番をしている兄弟たちの様子を見にやって来たときです。兄弟たちはこれ以上ヨセフには我慢できないとして、殺してしまおうと思いました。そのとき、イシマエル人の隊商がエジプトへ行こうとしてきたので、ヨセフを奴隷として売ってしまいました。

突然、ヨセフは見知らぬ国に来てしまいました。奇妙な習慣と変わった宗教の国です。しかも最悪なのは奴隷として売られたことです。ヨセフはたいそう上手に、また賢く振る舞ったので、「パロの役人、侍衛長ポテパル」に買い取られました(創世37:36)。

「主がヨセフと共におられたので、〔また彼に宿る御霊の助けによって〕……幸運な者となり、その主人エジプトびとの家におった。

その主人は主が彼とともにおられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た。

そこで、ヨセフは彼の前に恵みを得、そのそば近く仕えた。〔ポテパル〕はヨセフに家をつかさどらせ、持ち物をみな彼の手にゆだねた。

彼がヨセフに家とすべての持ち物をつかさどらせた時から、主はヨセフのゆえにそのエジプトびとの家を恵まれたので、主の恵みは彼の家と畑とにあるすべての持ち物に及んだ。

そこで彼は持ち物をみなヨセフの手にゆだねて、自分が食べる物のほかは、何をも顧みなかった。さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった。」(創世39:2-6)

ある日、ヨセフが家で働いているとき、難しい立場に追い込まれました。ポテパルの妻が好ましくない誘いを仕掛けてきたのです。ヨセフはすぐに不適当な場所にいることが分かりました。ヨセフはこのように言ったと記されています。

「『この家にはわたしよりも大いなる者はありません。また御主人はあなたを除いては、何をもわたしに禁じられませんでした。あなたが御主人の妻であるからです。どうしてわたしはこの大きな悪をおこなって、神に罪を犯すことができましょう。』… …

彼女はヨセフの着物を捕えて、『わたしと寝なさい』と言った。ヨセフは着物を彼女の手に残して外にのがれ出た。」(創世39:9、12)

ヨセフの経験から偉大な教訓を学ぶことができます。誘惑に出遭ったとき、ヨセフは目の前の悪から直ちに身を遠ざけました。だれでも人生の中で、難しい状況に追い込まれることがあります。

邪悪で品位を下げるようなものに直面したとき、それが悪い音楽やテレビ番組であっても、あるいはわたしたちを間違った環境に置くインターネットであっても、ヨセフの物語を思い起こせば、何と心強いことでしょう「ヨセフは……外にのがれ出た」のです(創世39:12)。

ヨセフは誘惑から遠・ざかったのです。正しい選択をしても、ヨセフは人生で直面するチャレンジから開放されませんでした。ポテパルが帰宅すると、妻はヨセフが戯れたと言って訴えました。ポテパルは激しく怒って、次のようにしました。

「彼を捕えて、王の囚人をつなぐ獄屋に投げ入れた。こうしてヨセフは獄屋の中におった〔。〕

〔再び〕主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ、獄屋番の恵みをうけさせられた。

〔間もなく〕獄屋番は獄屋におるすべての囚人をヨセフの手にゆだねたので、彼はそこでするすべての事をおこなった。」(創世39:20-22)

しかし主がヨセフとともにおられたので、獄屋で働いている間に再び機会が巡ってきました。パロの二人の僕しもべも獄屋に入れられたのです。それぞれが夢を見、ヨセフがそれを解き明かしました。一人は獄屋で命を落とし、もう一人は3日後にパロの給仕役の長の職に返されるという意味でした。どちらの夢も成就しました。給仕役はパロに仕える高い役職に返されましたが、ヨセフのことはすっかり忘れてしまい、2年が過ぎました。

今度はパロが夢を見ました。だれもパロの夢を解き明かせませんでした。給仕役はついにヨセフのことを思い出しました。そしてヨセフが夢を解き明かせることをパロに告げたのです。「そこでパロは人をつかわしてヨセフを呼んだ。人々は急いで彼を地下の獄屋から出した。ヨセフは、ひげをそり、着物を着替えてパロのもとに行った。」(創世41:14)

ヨセフはパロの夢を解き明かすことができました。パロは大いに感動したので、ヨセフを僕の一人にしました。再び主がヨセフとともにおられました。すぐにヨセフはエジプト全土でパロに次ぐ地位に上りました。ヨセフをほかのすべての僕と区別する何かがあったのです。パロはなぜヨセフがほかのすべての僕と違うのかについて、こう述べました。「われわれは神の霊をもつこのような人を、ほかに見いだし得ようか。」(創世41:38)

皆さんは、ヨセフが置かれたそれぞれの状況で主がともにおられたことに気づくでしょう。ヨセフの中に特別な精神を認めるのはたやすいことです。なぜならヨセフが自分を導いてくださる主の声に心を留めながら生活したからです。

神の聖なる御霊によって導かれ、教えられるならば、同じ識別の力がきっとわたしたち一人一人に与えられるでしょう。決断を迫られるときに、静かな細い声に耳を傾けてください。それは必ずや強い警告の声となり、ふさわしくない音楽を消すように、品位を下げるテレビ番組から離れるように、あるいはただ邪悪な思いを吹き込むだけのウェブページを閉じるように教えてくれます。聖なる御霊は皆さんが禁断の領域に入ったら、気づかせてくれるでしょう。

約束します。皆さんが聖霊の警告の声に心を留め、その指示に従うならば、天使の働きによって祝福を受けるでしょう。それによって皆さんの人生には知恵と知識力、栄光が増し加わるでしょう。忘れないでください。主は忠実さに基づいてわたしたちの生活を祝福する義務を負うと厳かに聖約されました。主のみが、神の霊すなわち聖霊を持つ人にわたしたちを変えることがおできになるのです。

主の聖なる神権を身に帯び、その力と強さを自分の内に持つことは何という祝福でしょう。主がわたしたちに霊感を与え、導いて、この地上に生きた偉大な預言者の物語を研究することができるようにしてくださいますように。彼らの生涯から教訓を得、さらに造り主に近づけますように、またわたしたちの主、すなわち救い主の福音から生じる祝福と実りを享受できますように。わたしたちが霊感を受けて主の道に従えますように、へりくだりイエス・キリストの御名みなによってお祈りします。アーメン。