2000–2009
「彼の言葉を受け入れなければならない」
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「彼の言葉を受け入れなければならない」

「兄弟姉妹、神の預言者がわたしたちに与えられているのは、決してささいなことではありません。預言者を通して与えられる主の御言葉に耳を傾けるならば、わたしたちには偉大ですばらしい祝福が与えられます。」

皆さんはこれまで、「その場所なら知っているよ、任せといて」となどドライバーから言われて、街中を車で走り回ったことはありませんか。結局、目的地が分からず、挙げ句の果てに、彼は車を止めてだれかに道を尋ねるのです。姉妹の皆さんならこのような経験がきっとあることでしょう。行き先までの道順を知っている人の指示に従えば、どれほど簡単に目的地まで行けることでしょうか。

わたしたちの多くは人生というチャレンジに満ちた道を歩むとき、似たような状況に出会います。現代は難しい時代です。妥当性、正直、高潔、政治的公正について、世の中の文化的・社会的な基準は常に移り変わっています。わたしたちが幸福と平安に至る道を知っていると思っているときに、混乱を招き、絶望を深めるだけの道にわたしたちを導くような新しいイデオロギーが現れることもあります。そのようなとき、わたしたちはこう尋ねます。「常に頼れる、明確で、正しく、偏見のない声はないものか。」「今日こんにちの混乱した世にあって、歩むべき道をいつもはっきりと教えてくれる声はないものだろうか」と。答えは「はい、あります」です。それは、生ける預言者と使徒たちの声です。

末日聖徒イエス・キリスト教会が171年前の4月に組織されたとき、主は預言者ジョセフ・スミス・ジュニアを通して、教会員に一つの啓示をお与えになりました。教会の大管長について、救い主は教会員にこう指示されたのです。「彼がわたしの前を完全に聖きよく歩み、わたしの言葉と戒めを受けるとき、あなたがた教会員は、彼があなたがたに与えるそれらのすべてを心に留めなければならない。あなたがたは忍耐と信仰を尽くして、あたかもわたし自身の口から出ているかのように、彼の言葉を受け入れなければならない。」(教義と聖約21:4-5)

続いて主は、この指示に従う人々に対して次のようなすばらしい約束を与えられました。「これらのことを行えば、地獄の門もあなたがたに打ち勝つことはないからである。そして、主なる神はあなたがたの前から闇やみの力を追い払い、また、あなたがたのためと、.神の名の栄光のために天を震わせるであろう。」(教義と聖約21:6)

1年半後、主はその重要な約束に次のような厳しい警告の言葉を付け加えられました。「主の腕が現される。そして、主の声もその僕たちの声も聞こうとせず、預言者たちや使徒たちの言葉も心に留めようとしない者たちが、民の中から絶たれる日が来る。」(教義と聖約1:14)

「主なるわたしが語ったことは、わたしが語ったのであって、わたしは言い逃れをしない。たとえ天地が過ぎ去っても、わたしの言葉は過ぎ去ることがなく、すべて成就する。わたし自身の声によろうと、わたしの僕しもべたちの声によろうと、それは同じである。」(教義と聖約1:38)

兄弟姉妹、神の預言者がわたしたちに与えられているのは、決してささいなことではありません。預言者を通して与えられる主の御言葉に耳を傾けるならば、わたしたちには偉大ですばらしい祝福が与えられます。それと同時に、ゴードン・B・ヒンクレー大管長が神の預言者であると知っているわたしたちには、ある責任が伴います。すなわち、教会の預言者の言葉を通して示される主の勧告を聞いたなら、わたしたちは前向きに、即座に従う必要があるのです。いにしえのニーファイがそうであったように、預言者の勧告に従うとき、安全と平安、繁栄と幸福がもたらされることは、歴史から明らかです。「わたしは行って、主が命じられたことを行います。」(1ニーファイ3:7)

わたしたちは、らい病を患って最終的に預言者エリシャのもとを訪れたナアマンの話を知っています。彼は「ヨルダンへ行って七たび身を洗いなさい。そうすれば、あなたの肉はもとにかえって清くなるでしょう」という指示を受けました(列王下5:10)。

最初、ナアマンはエリシャの勧めに従うことに、気が進みませんでした。彼は自分がするように求められたこと、つまり、ヨルダン川で7度体を洗うことの意義を理解できませんでした。言い換えれば、高慢でかたくなな心のために、預言者を通して主の祝福を受けられなくなるところでした。幸いなことに、ナアマンは最終的には、下って行って「神の人の言葉のように七たびヨルダンに身を浸すと、その肉がもとにかえって幼な子の肉のようになり、清くなった。」(列王下5:14)

高慢でかたくなな心によって預言者の勧告に聞き従わないために、偉大な清めの祝福をもう少しで逃してしまうところだったと悟ったとき、ナアマンはどれほど謙遜けんそんな気持ちになったことでしょう。どれだけ多くの人が、預言者が今日こんにち行うように告げている比較的容易な事柄に耳を傾けず、実行しないために、約束された偉大な祝福を逃しているか考えてみてください。それによってわたしたちはどれほど謙遜な気持ちになるでしょうか。

例えば、昨年ヒンクレー大管長は、家族、とりわけ教会の青少年とヤングアダルトを強めることについて3つの重要な説教をしました。最初に10月の扶助協会集会で、母親に向かって非常に率直に設りました。続いて総大会の神権部会でも父親と神権指導者に対して語りました。父親の皆さん、覚えていますか。親である皆さんにこう言いました。階さんは天父と協力し、天父の息子、娘にこの地上での経験を与えているのです。彼らは天父の子どもであると同時に、皆さんの肉体から生まれた皆さんの子どもであり、天父はこの子どもたちに対する責任を皆さんに与えておられます。」(「母親としての最も大きなチャレンジ」『リアホナ』2001年1月号、112)

そして、昨年の11月、まさにこの説教壇から、ヒンクレー大管長は教会のすべての若人に向けて語ったのです。いつまでも心に残るその教えの中で、大管長は教会の若人に、感謝し、知性を備え、清く、誠実で、議遜で、よく祈る人になるために、各自で目標を立てるようチャレンジしました。これらの6つの特質は、すべての末日聖徒にとって実にすばらしい標準です。大管長は先週の若い女性の集会でもこれらの原則を繰り返しました。わたしは、これらの教えは青少年とヤングシングルァダルトと同様、母親や父親の皆さんにも当てはまると信じています。青少年の親であり成人指導者であるわたしたちが預言者の勧告にむとんちゃくであるかぎり、若人が預言者の言葉を心に留めるとは思えません。

ヒンクレー大管長が若人のために主に次のように懇願したことを心に留めてください。「わたしは皆さんの心に届くような言葉を語る力を与えられるよう、ひざまずいて主に願い求めてきました。そのことを皆さんに知っていただきたいと思います。」(「若人への預言者の勧告と祈り」『リアホナ』2001年4月号、30)

神権部会でヒンクレー大管長はこう語りました。「〔皆さんの息子、娘たち〕がその重荷を父親や母親と分かち合えるよう願っています。若人の声に耳を傾け、忍耐強く理解をもって接し、彼らの心を自分たちに向け、孤独の中にある彼らを慰め、支えてください。導きと忍耐心を求めて祈ってください。ひどく腹が立つようなことがあっても、愛する力を祈り求めてください。理解力と親切な心、そして何より知恵と霊感を求めて祈ってください。」(「あなたの子らの平安は深い」『リアホナ』2001年1月号、67)

遠ざけるべきこと、行いを正すべきこととして預言者が明確にした事柄や勧告をわたしたちはよく研究してきたでしょうか。ある17歳の若い女性は、預言者から勧告を受ける少し前に、両耳に二つ目の穴を開けました。彼女はファイヤサイドから帰宅すると、2組目のイヤリングを外して、両親にこう言いました。「ヒンクレー大管長がイヤリングは1組だけにすべきです、とおっしゃるなら、わたしは1組で十分だわ。」

この若い女性にとって、2組のイヤリングを着けることは、永遠の結果につながるかもしれませんし、つながらないかもしれません。しかし、預言者に進んで従おうとする姿勢は、永遠の結果につながります。彼女が今、比較的容易な事柄に従っているのなら、もっと重要な事柄が求められたときでも、預言者に従うのは彼女にとってたやすいことでしょう。

兄弟姉妹、わたしたちは、親として、青少年の指導者として、また青少年として預言者の言葉に耳を傾けているでしょうか。それとも、ナアマンが最初にしたように、高慢とかたくなな心によって、盲目になっているのでしょうか。そのような態度は、神の預言者の教えに従うことから得られる祝福を受けられなくしてしまいます。

今日きょう、皆さんに約束します。簡単なことてすが、真実です。生ける預言者と使徒の言葉に耳を傾け、その勧告に従うなら、皆さんは道に迷うことはないでしょう。

さて、兄弟姉妹、そして青少年の皆さん家族全員で集まって、ヒンクレー大管長の勧告について話し合う機会を逃さないでください。両親の皆さん、家庭の夕べと家族会議の場で互いに教え合うとともに、子どもたちに教えてください。指導者の皆さん、これらの原則についてレッスンや指導者会て学び、教え、老若ろうにゃくすへての会員の生活に祝福をもたらす方法についてワートやステークの評議会で話し合ってください。大管長の3つの説教のすへてか、副管長から若人へのメッセージとともに「エンサイン』(Ensign)および『リアホナ』に掲載されています。『ゴードン・B・ヒンクレー大管長、若人と両親に語る』と題するビデオも発行されました。家庭の夕べや監督と青少年の話し合いの場で、すばらしい教材となるでしょう。監督の皆さん、このビテオをキャビネットにしまい込んでおくことのないようにしてください。ワードの青少年か預言者の勧告を繰り返し聞き、理解し、大管長の教えに添って生活する決意かてきるようにしてくたさい。

さて、預言者に従うというこの重要な事柄について、教会の若人の皆さんに率直にお話ししたいと思います。この数か月間、全世界の教会を訪問してきて気づいたことかあります。皆さんの多くが、頂言者の勧告に熱心に従おうとしているのです。皆さんの多くが、すでに以前にも増して身だしなみを整えようという決首をしています。下品な話を避け、友達を賢明に選ひ、ポルノクラフィーや違法な薬物を避け、俗悪なコンサートや危険なパーティーに参加せず、肉体を大切にし、あらゆる面で道徳的に清くあろうと執心に努めています。また勧告に聞き従っていない人々には、改めて警告いたします。教会の大管長の勧告をないがしろにしないでくたさい。大管長は分かりやすい言葉で皆さんに語りました。その言葉を研究し、従うよう努力してください。それらは真実であり、神から来たものです。侮い改めを要する人がいればどうぞ信仰をもって悔い改めの道を歩み、主の御前に清くなってください。皆さん一人一人は、将来、教会の指導者となるよう、今、備えているのです。教会は、清く、信仰深く、主に対して誠実な若人を必要としています。

ヒンクレー大管長が皆さんのために次のように祈るのを聞いたときにどのように感じたかを、忘れないでください。自分がどんなに尊い存在であるかを感じたでしょうか。「主に慈いつくしまれる息子、娘として御前みまえにふさわしく歩むことができますように祝福してください。彼ら一人一人はあなたの子どもであり、偉大で高潔なことを行う能力を持っています。」(「若人への預言者の勧告と祈り」『リアホナ』2001年4月号、41)

さて、愛する兄弟姉妹の皆さん、教会の指導者がこの総大会で教えた事柄にどうぞ注意を払ってください。皆さんと家族にとって助けとなるこれらの教えを生活に取り入れてください。家族との関係、そして天の御父と主イエス・キリストとの関係を強めてくれる預言者と使徒の教えを、家族がどのような環境に置かれているかにかかわりなく、一人一人、家庭で実践しようではありませんか。わたしは主の御名みなによって皆さんに約束します。もし皆さんが耳だけでなく、心によっても聞くなら、聖霊はヒンクレー大管長や副管長、使徒、そのほかの教会指導者のメッセージが真実であることを明らかにしてくださいます。そして皆さんは、御霊みたまによって鼓舞されて、指導者の勧告に従うために個人として家族としてなすべき事柄に目を向けるようになります。そうするとき、皆さんの証あかしは強められ、平安と喜びが得られることでしょう。

兄弟姉妹、イエス・キリストの永遠の完全な福音が預言者ジョセフ・スミスを通して地上に回復されたことを証します。今日、わたしたちは恵まれて神の預言者ゴードン・B・ヒンクレー大管長によって導かれています。預言者が教えるこれらのことをわたしたちが耳を傾け、そして行うよう、イエス・キリストの御名によりへりくだってお祈りします。アーメン。