2000–2009
この偉大な千年紀の始めの年に
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この偉大な千年紀の始めの年に

「この業にはかつて見られれなかったぼどの活力がみなぎっています。」

兄弟姉妹、皆さんから伝わってくる偉大な霊感をひしひしと感じています。ここに集っている大勢の方々の顔を拝見している間に、世界中の各地でもっと多くの人々が集っていることを実感し、皆さん一人一人を愛する気持ちでわたし自身が圧倒されるのを感じています。皆さんは何とすばらしい人々でしょうか。これから聖なる御霊みたまに導かれるままに、お話しできるよう祈っています。

今朝、この会場へ入る前に、この偉大な新しい建物の隅石を納めた容器に石のふたをかぶせ、封印をして来ました。これによってこの建物が完成したことを宣言するのです。

わたしたちは、神の御子の生涯と使命の上にこの教会が築かれていることを思い起こすために、隅石の持つ象徴を大切にしています。隅のかしら石はキリストであり、キリストをおいてほかにありません。キリストのヒに、使徒と預言者から成る堅固な基礎が築かれ、「建物全体が組み合わされ」て、末日聖徒イエス・キリスト教会を構成しているのです。

したがって、今朝、隅石を置く式典に参加した人々にお話ししたように、この象徴を、この教会がその名を冠している世の贖あがない主、神の御子、主イエス・キリストを表すものとしようではありませんか。

この建物が今完成していることにわたしは心から感謝しています。4月の総大会と、6月に一度この建物を使いましたが、完成した状態ではありませんでした。今、この建物は完成して、今後ずっと使用できることをここに宣言します。

千年紀の最初の年に当たる2000年は教会にとって注目すべき年でした。全世界であらゆる面において発展を遂げてきました。会員数は1、100万人を突破しました。これは重大な意味がある出来事で垢1947年に教会は開拓者がこの地に到着してから100周年を祝う行事を行いました。「まさにこの地である」と刻まれた記念碑が奉献されたのはそのときでした。

全世界に対して果たすべき教会の使命をテーマとする劇がタバナクルで行われたのをはじめとして、様々な祝典が繰り広げられました。これらすべての祭典の中心となっていたもう一つの大きなテーマは、教会員が100万人を突破するまでに発展を遂げたことでした。そのうち約半数はユタに住んでいました。現在ユタに住んでいる教会員は約15パーセントにしかすぎません。しかし、その人数は過去最高を記録しています。現在1、100万の会員数に到達しているということは、驚くべき、すばらしい将来が待ち受けていることを暗示していると思います。

わたしたちは、認可されたあらゆる地域に活動の場を拡げています。この時満ちる神権時代に啓示されたままの福音を教えています。わたしたちは今、1947年にはめったに耳にすることがなかった地域にまで進出しています。伝道活動は奇跡的な方法で拡大されています。

わたしは教会が組織されているほとんどの場所を訪れてきたと思います。あらゆる地ですばらしい人々に出会ってきました。彼らは真の意味で末日聖徒です。彼らは戒めに従って生活するために熱心に努力しています。

これらの聖徒たちと会い、言葉を交わしたときに、パウロの言葉のほんとうの意味を知りました。

「また、〔神は〕ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。

こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。

われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。……『われわれも、確かにその子孫である。』」(使徒17:26-28)

わたしたちは主にあって兄弟姉妹である一つの巨大な家族を構成し、全世界にまたがる一大社会を築いています。いと高き御方の聖徒である男女と少年、少女から成る大群衆は、次のように歌いながら前進しています。

「われら主の輝くみ栄え見ぬ

主は怒りのさかぶね踏みたもう

主の報いの剣光放ち

真理は進む」

(「リパブリック賛歌」『賛美歌』30番)

この業にはかつて見られなかったほどの活力がみなぎっています。

教育の分野では、教会が進出しているあらゆる地域でセミナリーとインスティテユートプログラムを実施しています。全世界で、学校に通う若人の生活に良い影響を与えています。大学生の年齢の若者たちはインスティテユートで、楽しく学び、交わるだけでなく、信仰を同じくする夫や妻を見つける人たちもいます。

つい数か月前に、これまで短期大学の学位を授与していた偉大な開拓者の教育機関であるリックスカレッジが4年制の大学となり、ブリガム・ヤング大学アイダホ校と改称することを発表しました。この改革は、大学にその名を冠している偉大な人物の名前をいささかも汚すものではありません。これによって多くの若い男女に、より幅の広い教育の機会をもたらすことができます。リックスカレッジはこれまで誇ってきた名声をさらに高めることでしょう。これは教会教育制度という枠の中で、世俗の学問を教えるとともに、生ける神と主なるその御子を信じる信仰を教える機会を広げるという、教会の方針によるものです。

この千年紀の始めの年に当たって強調され、すばらしい成果をもたらしたもう一つの事柄は、神殿の建設です。それは奇跡でした。先週の日曜日に、儀式が執行される100番目の神殿に当たるマサチューセッツ州ボストン神殿を奉献しました。

わたしが1981年7月にキンボール大管長の補佐として大管長会に入って以来、これら100の神殿のうち、81の神殿が奉献されました。当時、儀式が執行できる神殿は、わずか19だけでした。

現在、儀式が執行できる100の神殿の半数以上に当たる、53の新しい神殿はわたしが5年前に大管長として聖任された後に奉献されたものです。このことをお話しするのは、劇的な速度で拡大を続けていることを紹介するためだけで、他意はありません。

わたしは大会で2000年末までに儀式を執行できる100番目の神殿を奉献できるよう希望していると発表したとき、そのようなことが可能かどうか分かりませんでした。この奇跡を実現するために長い間熱心に働いてくださった多くの人々に、言葉に表せないほど感謝しています。新しい神殿の中には小規模のものがあります。しかし、教会で最大の神殿であるソルトレーク神殿で執行されるすべての儀式は、これらの小規模神殿においても執行することができます。これらの神殿は儀式を執行することだけを目的としています。これらの神殿は美しい建物であり、あらゆる点で見事に仕上げられています。主の宮は何万、何十万に上る教会員にとって距離的にもいっそう身近なものとなりました。

わたしたちは今後も神殿の建設を続けます。年末までにさらに3つの神殿が奉献されます。これまでのような規模ではないかもしれませんが、将来にわたって神殿を建築していきます。入々の必要を満たすためにこれらの聖なる宮を着実に建設していくことでしょう。

わたしたち会員はどれほど感謝していることでしょうか。わたしは主が喜んでおられることを希望し、またそれを信じています。

この千年紀の始めの年に成し遂げたもう一つの偉業として、わたしたちは今日きょう、この偉大なカンファレンスセンターを奉献します。ほかに類を見ない、すばらしい建物です。当初の構想を練り、計両する段階で、最大の礼拝の家になるということについてわたしたちはさほどの関心を寄せていませんでした。会員の必要を満たすことだけを考えていました。

1世紀以上にわたって仕えてくれたタバナクルが、ただ単にわたしたちの必要を十分には満たせなくなったからというのが事の始まりでした。

この建物の実現を目指して計画を推進することは、壮大で、また大変なことでした。もちろん、壇上から語られるメッセージを広く、遠くまで運ぶための電子的な手段を知らなかったわけではありません。しかし、今実現しているように、話者と聴衆が同じホールに座ることを非常に多くの人々が望んでいたこともわたしたちは十分に承知していました。建築の着手を決めたことを発表したときにお話ししたように、「この建物を建設することはほんとうに大胆な計画でした。わたしたちは悩みました。そして祈りました。このことについて御霊のささやきに耳を傾けました。そして、主の確認の声を感じて初めて、建設計画を推し進めることを決定したのです。」(「全世界に証あかしする声」『リアホナ』2000年7月号、4)

わたしたちの決定を発表したのは1996年4月の総大会でした。わたしはそのときこのようにお話ししました。

「残念ながら、今朝このタバナクルに入りたいと思いながら、それができない方々がたくさんいらっしゃいます。……周囲の構内には非常に多くの方がいらっしゃいます。

わたしは心の中で、このタバナクルに入りたいと思いながら、それができないでいる方々のことを考えています。1年ほど前にわたしは中央幹部の皆さんに、次のような提案をしました。すなわちもう一つ、この建物の3、4倍の収容力を持つ、より大きな規模の、礼拝施設を建設できるかどうか検討すべき時がやって来たかもしれないということです。」(「栄えあるイースターの朝に」『聖徒の道』1996年7月号、74)

それから1年と少し後に鍬くわ入れ式が行われました。この盆地に父祖が到着してから150年目に当たる1997年7月24日のことでした。

鍬入れが終わって、パッカー長老が閉会の祈りをささげました。パッカー長老は祈りの中で、新しい建物の奉献に出席できるようわたしの命を永らえさせてくださいと主にお願いしてくれました。その願いがかなえられたことを感謝しています。

今日、わたしたちは永遠の父なる神とその独り子である主イエス・キリストを礼拝する家としてこの建物を奉献します。この壇上から全世界に、証と教えが宣言され、生ける神を信じる信仰と贖あがない主の偉大な贈いの犠牲に対する感謝の言葉が語り続けられることを希望し、祈っています。

わたしたちはまた、この建物を品位のある芸術が発表される家としても奉献します。

栄えあるタバナクル合唱団はここで数々の賛歌を歌うことでしょう。ほかの音楽グループがここで大勢の人々を楽しませることでしょう。教会の回復と発展の歴史やその他について、美しく芸術的に表現する劇もここで行われることでしょう。

この建物は最高の技術を持つ職人が最高の資材を使って仕上げたものです。わたしたち会員は、教会の大会やそのほかの目的のためにこの壮大なセンターを造ってくださった方々への感謝を忘れずにいたいものです。

恐らくほかのグループや団体からこのホールを使いたいという要請があると思います。本日奉献される目的にかなった使い方をすることが確認できるような取り決めの下で、使用していただけると思います。

最高の建築技術が駆使されてはいますが、人に見せるために建てられたのではありません。全能者をたたえ、神の永遠の目的を成し遂げるために使う建物です。

この建物が与えられたことをほんとうに感謝しています。完成できたことにも感謝しています。オルガンの調律にもう少し時間がかかります。間もなく『リアホナ』に掲載されるこの建物とオルガンに関する記事を読んでくださるようお勧めします。

神殿に隣接するこのすばらしい建物に思いをはせるときに、イザヤが語った偉大な預言が心に浮かんできます。

「終りの日に次のことが起る。主の家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてき、

多くの民は来て言う、「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。彼はその道をわれわれに教えられる、われわれはその道に歩もう』と。律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。… …

ヤコブの家よ、さあ、われわれは主の光に歩もう。」(イザヤ2:2-3、5)

この預言は古い歴史を持つ壮麗なソルトレーク神殿を指しているとわたしは信じています。しかし、この預言はこの壮大なホールをも指していると思います。なぜならば、神の律法は、主の言葉と証とともにこの壇上から発せられるからです。

わたしたちを一つの民として神が祝福してくださるよう願っています。わたしたちは千年紀の始めの年に当たる今年、新しい一歩を踏み出しました。偉大なエホバであり、アブラハム、イサク、ヤコブの神である御方の足跡に従って歩むことができますように。世の救い主であり、神の御子であり、自らを「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と言われた御方の光の中を歩むことができますように(ヨハネ14:6)、イエス・キリストの御名みなにより、へりくだりお祈りします。アーメン。

ホサナ斉唱に関する指示

兄弟姉妹、聞もなくわたしが奉献の祈りをささげますので、全員でこの祈りに参加してくださるようお願いします。奉献の祈りが終了しましたら、参加してくださる方は全員直ちに立ち上がってください、ホサナ斉唱を行います。御父と御子にささげるこの聖なる賛美は神殿を奉献するときに必ず行われるものです。ほかには、ソルトレーク神殿のかさ石を置いたときや、1930年の総大会において教会の100周年を祝ったときなど、歴史的に意義のある折に行われてきました。この偉大な建物を奉献するに当たり、ここで斉唱を行うことがふさわしいと考えます。わたしたちはこのような場に二度と参加できないかもしれません。この模様を報道するメディアはこれがわたしたちにとって非常に神聖であり、わたしたち独自のものであることをご理解ください。敬意をもって取り扱ってくださるようお願いします。

わたしが今、ホサナ斉唱の行い方を示します。皆さんはそれぞれ、きれいな白のハンカチを手にし、一つの端をつまんで振りながら、全員でこのように言います。「神と小羊に、ホサナ、ホサナ、ホサナ。」これを3度繰り返してから、「アーメン、アーメン、アーメン」と言います。

繰り返して申しヒげます。奉献の祈りが終わりましたら、参加してくださる方は全員直ちに立ち上がってください、ホサナ斉唱を行います。参加を希望しない方はどうぞそのまま着席していてください。白のハンカチを持っていない方は手を振るだけでけっこうです。ほかの場所にいる方々も、状況が許すようであれば、一緒にホサナ斉唱に参加してください。

ホサナ斉唱が終わると、発表を挟まずに、タバナクル合唱団が「ホサナ賛歌(Hosannah Anthem)」を歌います。これは1893年に行われたソルトレーク神殿の奉献のためにイバン・スティーブンスが作詞したものです。それから、指揮者の合図によって、全員で「主の御霊は火のごと燃え」を歌います。W・W・フェルプスが作詞したこの曲は1836年、カートランド神殿が奉献されたときに初めて歌われた曲です。

閉会の祈りは七十人のW・ドン・ラッド長老がささげます。次の部会は午後2時から始まります。

では、愛する兄弟姉妹、頭を下げ、口を閉じて、奉献の祈りに加わってください。

奉献の祈り

おお、永遠の父なる神よ、わたしたちはこの壮大なカンファレンスセンターを奉献する歴史的な安息日に、感謝を心に抱き、祈りによってあなたの御前みまえに近づいています。

この建物はあなたの誉れと栄光のために建てられました。あなたの目的を成し遂げ、あなたの御業みわざを前進させるために奉献された数々の偉大な建物に加えられるものです。この建物はわたしたちの先祖が40年の歳月をかけて建設した聖なる神殿に隣接して建てられています。1世紀以上.にわたってあなたの民のために使用された歴史的なタバナクルにも面しています。近くには多くの様々な目的に使用されているアッセンブリーホールがあります。

教会本部ビル、教会執務ビル、ジョセフ・スミス記念館が程遠くない所にあります。また歴史的な意義の深いライオンハウスとビーハイブハウスも近くにあります。方角を転じると、教会歴史美術博物館と家族歴史図書館を見ることができます。

この偉人な新しい建物はそれらすべてを見渡し、それらの持つ様々な働きと実用性と美しさを補完するものです。これらの建物はそろって、あなたの御業とあなたの教会の本部と、また真理が転がり出て全地を満たす泉にあるカと活力を証するものです。

この建物を完成させるために、非常に多くの献身的で、高度の技術を持つ男女が長時間にわたり熱心に働いてくださったことを、あなたに感謝します。彼らがこの偉業に誇りを持つことができますように。

わたしたちはあなたの教会のこの偉大な総大会に参加しています.また全世界の人々にこの模様が伝えられています。今、わたしたちはあなたの御前に敬虔な思いをもって頭を下げております。

あなたから与えられた聖なる神権の権能と、あなたの独り子主イエス・キリストの御名により、わたしたちは末目聖徒イエス・キリスト教会のカンファレンスセンターを奉献し、聖別します。わたしたちはこの建物をわたしたちの父であり神であるあなたと、あなたの愛される御子であり、あなたの教会がその名を冠しているわたしたちの贖い主に奉献します。

あなたは僕しもべたちを、預言者、聖見者、啓示者として、また人々を救うために人々の間に唯一与えられた御名をお持ちの主イエス・キリストが生きておられることを世に証する証人として立てられました。これらの僕たちによって語られる主の御言葉を聞くために、あなたの民が集う場所としてわたしたちはこの建物を奉献します。

わたしたちは基礎の部分から塔の頂に至るまで、この建物を奉献します。今後何年もの間にわたって礼拝するために、また健全ですばらしい楽しみを得るために集まる大勢の人々を収容する場所として建てられた独特のデザインと大きさを持つこの堂々たるホールを奉献します。

この説教壇から、あなたの御名が敬慶さと愛をもって語られますように。あなたの御子の御名が絶えず覚えられ、神聖な思いをもって語られますように。あなたの神聖な御業に関する証がここから全世界に鳴り響きますように。義が宣言され、悪がとがめられますように。信仰の言葉が大胆に確信をもって語られますように。宣言される教えが国々に響きわたりますように。

大地が揺れ動いても、この壮大な建物はあなたの見守りによって堅く立ち、安全でありますように。あなたとあなたの御子とあなたが回復された教会に対して、あるいは長年管理に携わってきた預言者や指導者に対して汚名を着せるいかなる声も、このホールにおいて上げられることがありませんように。自然のもたらすぼうとく嵐や破壊者の冒漬ぼうとくの手からこの建物をお守りください。紛争やテロリズムの手からこの建物をお守りください。いかなる宗教を奉じる人であれ、この建物の傍らを通るすべての人が、尊敬と感嘆の気持ちをもってこの建物を見ますように。

この偉大なホールが高尚な催しの行われる場所となり、人々を高め、文化を豊かにする場所となりますように。尊厳に欠けるものや、あなたの神性の持つ美しさを傷つけるものが決してここで発表されることがありませんように。

わたしたちは壮大なオルガン、美しいホールとそのほかの部屋、駐車場、その他この建物に付随する造作と施設をすべて奉献します。これらが建物の内外を見る者の目に美しさを与えますように。この建物が様々な用途で用いられ、文化の家、芸術の家、礼拝の家、信仰の家、神の家となりますように。

「どのようなことでも、徳高いこと、好ましいこと、あるいは誉れあることや称賛に値することがあれば、わたしたちはこれらのことを尋ね求める」と宣言するあなたの民にとって、この建物がその典型となりますように(信仰箇条1:13)。

御父よ、わたしたちはこのカンファレンスセンターを奉献するに当たって、併設されている劇場をも奉献します。これは美しい建物であり、集会の場所、芸術を公演する場所、あらゆる高尚な目的のための場所として使用され、美しさと気高さを作り出す場所として設置されています。カンファレンスセンターについてわたしたちが祈り求めてきたのと同じようにこの劇場を守り、祝福してください。

わたしたちは今日、メインストリートの地下に設けられた駐車施設、主の宮である神の神殿に隣接する地域に施されたすべての改良箇所を奉献します。

この喧燥けんそうの都市にあって、この地域が平安の地、オアシスとなりますように。疲れた者が腰を下ろして、神に関することや自然の美に思いを寄せる場所となりますように。この場所は木々や低木、花や水によって彩りを与えられています。これらすべてはこの繁栄する地域社会のただ中で穏やかな美しさを持つ孤島となっています。この地域を改良し、美しさを添えることを望むあなたの教会の民の思いが、ここを通るすべての人によって尊重されますように。

これらの新しい施設と景観をたたえる人々の数が増え、やがてすべての人がこれらを受け入れ、認めるようになりますようお祈りします。この地域社会とこの州にあなたの祝福が注がれますように。ここは苦難を受けたあなたの民が避難所として求めて来た場所です。今やこの地は全世界的な一大社会となっており、全国から、また全世界から人々が集まって来ています。ここに住むすべての人々とここを訪れるすべての人が、類のない、魅力ある地域環境を正しく理解できますように。あなたの教会に属するわたしたちが人々を温かくもてなし、礼儀正しくあって、わたしたちがそれを守っていることを知られている標準と習慣を維持し、「彼らがどのように、どこで、何を」礼拝しようとも、その特権を認めることができますように(信仰箇条1:11)。

わたしたちがあらゆる人に対して良い隣人として手を差し伸べ、助け手となれるよう祝福してください。苦難に遭っている人々の手を上げ、弱くなったひざを強めることができますように。互いに対する感謝と尊敬の気持ちで平安に暮らすことができますように。

全能の神よ、わたしたちはあなたから受けているすばらしい祝福にどれほど感謝していることでしょうか。わたしたちの感謝を受け入れてください。什分じゅうぶんの一とささげ物をささげることによってこれらすべてが実現しました。什分の一とささげ物をささげた者にいにしえに交わされたあなたの約束を、引き続き有効なものとしてください。天の窓を開いて、彼らに祝福を注いでください。

わたしたちはあなたとあなたの聖なる御子を愛しています。わたしたちはあなたの御心みこころを行いたいと願っています。わたしたちはあなたの聖なる御名をたたえます。わたしたちは声を上げて、礼拝の賛歌を歌います。わたしたちはあなたと、比類ない御子である贖い主について証します。あなたに従って歩むすべての者にとって、あなたの道は威風堂々としており、あなたの永遠の計画が織りなすつづれ織りは輝いています。

あなたがわたしたちを受け入れて、ほほえみを投げかけてくださいますように、主イエス・キリストの聖なる御名によってお祈りします。アーメン。