マスター教義

宗教教育セミナリー・インスティテュート訓練放送・2016年6月14日


 

再びご一緒できて光栄です。わたしは今年,各地を訪れて多くのクラスや集会で皆さんとお会いし,皆さんが非常に有能で信仰深い方々であることを再確認しました。皆さんとともにこの業に携われることに感謝しています。皆さんを愛しています。皆さんは主の福音を実践し,末日の主の預言者の教えと指示に従おうと努めておられます。このようなイエス・キリストの献身的な弟子たちとともに働くという祝福に,非常に感謝しています。皆さんの生き方に感謝しています。皆さんが主の王国に驚くべき貢献をしておられることに感謝しています。

最近開かれた「中央幹部との夕べ」で, M・ラッセル・バラード長老が力説したのは,信仰を弱めるような俗世の影響力から生徒たちを守る必要があるということでした。バラード長老は生徒たちが主の規範に従って真理を見いだせるよう助け,疑問の答えを見いだす彼らの努力を助けるようわたしたちに勧めました。この必要に応えるため,バラード長老は,教育管理会が最近,「マスター教義」というプログラムを承認したことを発表しました。バラード長老はこのプログラムは「霊感に基づき,時宜にかなって〔いる〕」1と言っています。勧められたとおりに皆さんがバラード長老の話やその他の資料を研究し,よく準備したうえでこの集会に出席してくださっていることに感謝します。

準備に役立つリソースがもう一つあります。シェリー・デュー姉妹が最近BYUアイダホ校のディボーショナルで話した「闘いに参加してくださいますか」(Will You Engage in the Wrestle?)という卓越した有益なお話です。2

「マスター教義」についてのわたしたちの話を聞きながら,どうしたら最善の準備をしてその原則をクラスでも家庭でも実施できるようになるかが分かるよう,霊感を求めて祈っていただければ幸いです。

「マスター教義」は多くのクラスで試験的に行われてきており,教師や生徒の間では非常に好評です。これを知って皆さんは興味を持たれるかもしれません。生徒たちは教会の教義をさらによく理解して宣言し,擁護する必要があると感じており,そうしたいと言っています。J・ルーベン・クラーク・ジュニア管長が述べたように,彼らは「御霊に関することに飢えています。彼らは福音を学びたいと切望しています。福音を薄めることなく純粋なまま学びたいと思っています。」3

「マスター教義」はこれまでクラスでマスター聖句に使っていた時間に行います。この目的は,セミナリーの生徒が真の教義をさらに深く理解し,関連する聖句を学び,その聖句や教えている教義を活用する練習をして,福音を実践し,自分の抱いている疑問について考え,その答えを見いだす方法を学べるよう助けることです。これを行うためには,これまで「基本的教義」と「マスター聖句」にかけてきた努力を結合し,その上に築いていくことになります。また,わたしたちの努力は,これまで「真理を探求する」として知られていた従来の優先事項にかなり頼ることにもなります。これは,教師と生徒が教義的,歴史的,社会的な疑問に的確な答えを見いだすための助けになります。

マスター教義は教会の青少年にとって必要なものを提供していますが,ヤングアダルトも同じものを必要としています。ところがインスティテュートでは,「マスター教義」のプログラムの実施を教師に要請していません。「コーナーストーン」クラスでインスティテュートの教師が「マスター教義」に関連した原則を盛り込み,これによってヤングアダルトの必要を満たすことになります。

「マスター教義」の最初の部分は「霊的な知識を得る」です。これは,他の全ての行動の基本となるものです。お持ちであれば,『マスター教義に関する基本文書』を開き,序文の次のページを見て「霊的な知識を得る」という見出しを探してください(英語版では2ページ)。この項には,霊的な知識を得るための3つの基本的な原則があります。

最初の原則は「信仰をもって行動する」です。信仰をもって行動するとは,神を信頼し,心からの祈りと研究と従順な態度をもって神に頼ることです。これは,聖霊の影響と導きを受けることであり,既に受けている証に頼りながらも,さらなる知識と理解を求めることです。

2番目は,「永遠の視点から概念や疑問について調べる」です。言い換えると,問題や疑問を救いの計画と救い主の教えの中で考えるにはどうしたらよいかを学ぶことです。これを行うために,生徒はこの世的な視点ではなく主の視点から疑問を見直さなければならず,この世的な決めつけや憶測を受け入れるのではなく,聞いたり読んだりしたことを主の真理の標準に照らし合わせて考えなければなりません。

そして3番目は,「神が定められた情報源を通してさらに理解を深める」です。これは,聖文や末日の預言者,教会のその他の指導者の教えを研究することです。主から権能を与えられた僕は,なくてはならない真理の情報源となり,生徒が真の教義を学び疑問の答えを見いだそうと努力するための助けになります。また,生徒は真理と誤りを見分けることができるようになり,信頼できない情報源が数多くあって,その中には信仰を滅ぼすために作られた情報源もあることを理解できるようになります。

霊的な知識を得る方法を学んだ後,生徒には,『マスター教義に関する基本文書』に概説され,「わたしに従ってきなさい」のカリキュラムで使われている9つの教義のテーマを学ぶのと並行して,学んだ原則を実践する機会が与えられます。

各教義のテーマには教義の鍵となる文が定められています。この文は「マスター教義聖句」と呼ばれる参照聖句が根拠となっています。マスター教義聖句は教義の鍵となる文を教えたり確認したりする際に活用することができます。

教義とその関連聖句を学習した後,生徒は実践と復習の活動に参加します。この学習経験は,4年間の学習で毎年配付される『「マスター教義」教師用手引き』に掲載されます。この活動は,実生活で起こる状況に教義や参照聖句を結び付けたり,教義や聖句を自分の抱いている疑問に当てはめたりすることによって,教室で学んだ教義や聖句を自分のものにする機会を生徒に与えます。また,この活動は,学んだ真理を他の人にうまく伝えるための準備にもなります。

マスター教義についてもっと詳しく知り,さらによく理解したい方は,「マスター教義」の教科課程の資料を研究してください。さらに,現職教師指導者からの訓練もあります。

マスター教義が生徒に祝福を与える例として,ある若い女性の話をさせてください。この女性は,同じような疑問や心配事を抱いてクラスに参加している多くの生徒たちを代表しています。特にこの例を選んだのは,わたし自身が6人の娘の父親であって娘を愛しており,自分が天の御父からどんなに愛されているかを娘に感じてほしいと願っているからです。

この若い女性の名前を「モニカ」としましょう。モニカは福音に忠実な家庭で育ち,生まれたときから福音を学んでいます。若い女性とセミナリーに参加するのが大好きなのですが,ある日,友達や学校の先生,または家族の一人からも,教会は女性の価値を認めていないと言われたとします。彼らの言い分は,世の中では女性の貢献が認知されてきていて,女性は対等に扱われているというものです。そこで,こんな疑問が湧き上がりました。世の中にあるこの社会的な問題に,教会はいつになったら「ついていける」ようになるのだろうか。

モニカは教会で愛されていないとか感謝されていないなどと感じたことは,これまで一度もありません。自分は神の子であり,価値ある存在だと教えられてきたのです。頼もしい若い女性の指導者や,教会や地域社会で喜々として奉仕するすばらしい母親を見てきました。でも,この疑問にどう答えたらよいのか,モニカにはよく分かりませんでした。実は,彼女はこの疑問に悩まされるようになり,どうして教会には女性にできない責任があるのかを疑問に感じ始めていたのです。男女は平等であって性別による不公平があってはならないという意見を聞いて,もっともだと思うようになりました。

ある日,セミナリーでベル先生が授業の最初に「神会」と,「神はその子ら一人一人を完全に愛しておられ,すべての人は神にとって等しい存在です」というマスター教義について話し合いました。そして,次にニーファイ第二書26章33節を学習しました。話し合いが進むにつれ,モニカは疑問を感じました。教会のある召しについては女性には男性と同じ機会が与えられないのに,どうしてこの聖句が正しいのかと疑問に思ったのです。この疑問が解消しなかったので,モニカはこんな質問を紙に書いてベル姉妹に渡しました。「教会はいつになったら他の人たちと同じように男女を平等に扱うようになるのでしょうか。」

ベル姉妹は翌日,この質問をクラスで採り上げることに決め,どうすればこの質問をした人が信仰をもって行動できるようになるだろうかと問いかけました。天の御父に助けと理解力を求めて祈ることの大切さなどについて生徒たちは話し合いました。すると,自分と天の御父の関係について既に理解している事柄にすがることが大切ではないかと一人の生徒が言い,例として,自分が天の御父から愛され,大切にされていることが分かったときのことを話したのです。

ここでベル姉妹は,質問を永遠の観点から考えることができるよう,この質問の根底にあるこの世的な憶測や決めつけは何か考えてみたらどうかと提案し,こう問いかけました。「世の中では平等とか公平といったものをどんな風に定義しているでしょうか。」何人かの生徒の意見は,平等とか公平とかいうものは,男女があらゆる点で同じでなければならないという意味だと考えている人がいるというものでした。ある若い男性は,世の中では人の重要度はその人の地位で決まると言い,そのために教会の召しに優劣があると考えたり,そういう召しを全ての人が受けられるわけではないことが不公平に思えたりするのだと説明しました。

そこで,この愛の深い教師は,質問を主の視点から見た質問に書き換えるよう言います。これは難題で,生徒たちはそんな練習をあまりしたことがないため,「主は平等や公平をどう定義しておられるか」「主は救いの計画の中で男女の役割をどう見ておられるか」を考えたらよいとベル姉妹はアドバイスしました。主にとっての男女の平等とは,まったく同じという意味ではない,と一人の生徒が言います。別の生徒は,救いの計画の中でも教会でも,男女の役割は異なるにせよどちらも大切なのだ,と言います。ある若い女性が言います。「わたしは少し違ったことを考えていました。これって,主が望んでおられることをしたいとか,主が望んでおられることをもっと気にかけるべきだという問題なのではないでしょうか。」

ベル姉妹は生徒たちに感謝の気持ちを伝えると,救い主は召しや指導者の地位について,世の人とは違った見方をしておられると言いました。4また,聖文では「目は手にむかって,『おまえはいらない』とは言えず,また頭は足にむかって『おまえはいらない』とも言え〔ず〕」5,全ての肢体がキリストの体になくてはならない部分であって全てが必要で全てに仕える機会があると教えていることを指摘します。

そして,ベル姉妹はこんな質問をします。「地上で教え導かれたとき,主は女性を愛し尊重していたことをどんな行動で表しましたか。」教師の助けを受けながら,生徒たちは主が,例えば母親,井戸で会ったサマリヤ人の女,マグダラのマリヤにどう接したかを考えます。また,女性を祝福し癒やすという奇跡を行われたことも思い起こします。

そこでベル姉妹が質問します。「霊的な知識を得るための3番目の原則は何でしたか。」生徒たちはこれまで何度もやっていたので,3番目の原則が,神から与えられた情報源を通してさらに理解を深めようとすること,だということを知っています。

ベル姉妹は,この質問に関連した役に立つ聖句や教会の指導者の話を思い出すよう生徒たちに勧めます。生徒たちは,「家族―世界への宣言」や『聖句ガイド』といった情報源を調べます。このときに挙がった話に,特にモニカは興味を引かれます。それは,リンダ・K・バートン姉妹の「ともに高め合いましょう」6という話です。ベル姉妹はラッセル・M・ネルソン会長の「姉妹たちへの懇願」7という話も挙げます。モニカはこの二つの話を自分の聖典学習帳に書き留め,後でよく勉強することにしました。

話し合いの最後にベル姉妹は,主がその息子娘たちを愛しておられることを証し,次のマスター教義の参照聖句を思い出すよう生徒たちに言います。「主​は​人​の​子ら​の​中​で,ため​に​なる​こと​を​行われる……。……そして​主​は,御​自分​の​もと​に​来て​主​の​慈しみ​に​あずかる​よう​に,すべて​の​人​を​招かれる。したがって​主​は,黒人​も​白人​も,束縛​された​者​も​自由​な​者​も,男​も​女​も,主​の​もと​に​来る​者​を​決して​​拒まれない。……​すべて​の​人​が​神​に​とって​等しい​存在​な​の​で​ある。」8ベル姉妹は,この質問については引き続きよく祈って研究し,何か分かったことがあればクラスで発表するよう生徒たちに勧めます。

モニカはその日教室を出るときには,どこを探せば答えが見つかるかと,自分には喜んで助けてくれる教師がいることが分かっており,御霊が与えてくれる導きと平安を感じていました。

モニカのように疑問に追い詰められている生徒は,教室に座っている人たちの中にたくさんいます。答えを見つけ信じるにはどうしたらよいかを,教師が教えてあげる必要があります。わたしたちが最善を尽くして,このプログラムを効果的に実施するための準備ができますように。このプログラムを紹介する話の中でバラード長老が言った言葉を思い出してください。「『マスター教義』が成功するかどうかは,……大いに,〔教師の〕皆さんの働きにかかっています。」9

さて,マスター教義がどんなものかを分かりやすく説明するだけでなく,マスター教義に対する誤った見方を2,3挙げたいと思います。

マスター教義は,あらゆる疑問の答えを提供するためにあるのではありません。むしろ,青少年が真理の探究の仕方や新しい情報に対する考え方,疑問に対する答えの見いだし方を学ぶ助けとなるものです。ウェブサイト『真理の探究』で教えている原則は,生徒が真理を見いだすための神から与えられた方法を学び,教室で愛され信頼されていることを感じ,疑問があれば自分でその答えを見つけられるように助けるうえで欠かせません。

マスター教義は,セミナリーの順次聖典教授法に代わるものではありません。これまでマスター聖句に当てられていた時間に実施されますので,教師は授業を時間どおりに始め,授業時間を上手に使わなければなりません。この活動には,平均して週に30分くらいの時間を当てることができます。教師は『「マスター教義」教師用手引き』を見ながら,柔軟性をもってこれを実施します。よく準備し,よく計画するならば,教師はこれをクラスで割り当てられた時間内に効果的に実施することができるようになるでしょう。

マスター教義が実施されると,わたしたちがこれまでマスター聖句について行っていた全てのことを行う時間を取ることができなくなります。貴重な限られた授業時間を使って教義と参照聖句,練習と復習の活動を集中的に行う必要があります。クラスで暗記活動を行う時間はないかもしれません。それに,これまで行っていたマスター聖句の活動には,マスター教義の精神や意図にそぐわない部分があることも確かなのです。とは言え,聖句を暗記することから生徒は祝福を受けますから,教師は,クラス以外の時間に聖句を覚えることを奨励してもよいでしょう。

先に申し上げたように,マスター教義は直接インスティテュートで使うために作られたものではありません。しかし,このプログラムの背後にある原則を理解して,それを授業に取り込むことは,セミナリーの教師にとっても,またインスティテュートの教師にとっても,きわめて大切なことです。

セミナリーでもインスティテュートでも,マスター教義の原則には次のことが含まれます。

  • クラスに愛と敬意と目的意識があるならば,生徒は心から疑問に思っていることを問いかけ,信頼できる情報源に頼るようになります。主の愛が分かるよう生徒たちを助けてください。彼らは神の子なのです。自分が神の子であり,イエス・キリストの弟子であることを自覚できるよう彼らを助けてください。自分が愛され必要とされていることが分かるよう彼らを助けてください。

  • わたしたちがすぐに裁いたり叱ったりするのではなく,生徒の言葉に耳を傾け,生徒に何が必要なのかを理解しようとしていることが分かると,生徒は心から疑問に思っていることを問いかけ,信頼できる情報源に頼るようになります。わたしたちは質問に答える前に,よく耳を傾けて聞き,よく観察し,よく祈って識別の御霊を求めなければなりません。これには忍耐と理解と愛が必要になります。忘れないでください。生徒の生活を変えるためには,個人的に生徒の良き相談相手にならなければならないことが多いのです。わたしたちは親や神権指導者に代わることはできませんが,生徒に関心を持っており,生徒がどんな疑問を抱いているかを知りたいと思っていることを生徒に知ってもらう必要があります。質問しても「無視された」と感じれば,生徒は他のところで答えを見いだそうとするようになるでしょう。そして,わたしたちにはインターネットが信仰を育てるとは思えないのです。

  • 生徒は,地上における神の預言者の役割を理解し,救い主から権能を受けた信頼できる僕に従うことによって救い主に近づくことを理解すると,信仰に対する攻撃を受けても,うまく対処できるようになります。この末日に主の預言者を通して啓示された真理に照らし合わせてすべての情報を評価できるよう,生徒たちを助けてください。

  • 真理を教えてください。思いやりをもって教えてください。しかし,分かりやすく,純粋な証をもって教えてください。聖文と現代の預言者が教えているままの福音を教えてください。

  • 実直な真理の探求には努力が伴うことを生徒たちに教えてください。複雑な疑問は表面的な答えでは解決しません。

  • 聖霊の助けが受けられるかどうかには,心の状態と質問の意図が大いに関係することを教えてください。生徒たちは信仰をもって真剣に,主が喜んで与えてくださる真理に従いたいという心からの願いを抱いて願い求めることを学ばなければなりません。忘れないでください。教師が彼らに代わって福音を学ぶことはできないのです。生徒は自分の抱いている疑問の答えを見いだしたいのであれば,研究しなければなりませんし,祈らなければなりません。

  • また,わたしたちは疑いの種を蒔いてもいけません。わたしたちの生徒の多くは信じる心という賜物を授かっています。生徒の大半は疑念ではなく疑問を抱いています。マスター教義とは,信仰を確認し,生徒が自分の抱いている疑問の答えを自分で見いだして他の人もそれができるよう助けられるように導くために使うものです。ただし,疑念を抱かせたり信仰を失わせるようなやり方でこれを行ってはなりません。

これがどれほど必要とされているか,皆さんは目にし,感じてきました。どうか,よく祈り,よく考えてください。教義を把握し,教義的・歴史的な問題について預言者が現在,何と言っているかを把握してください。準備するときや教えるとき,生徒にとって切実な質問に答えるときには,主に助けを求めてください。J・ルーベン・クラーク・ジュニア管長の次の言葉にわたしの祈りを添えます。「〔主が〕皆さんに,皆さんの教える生徒の心の入口を示してくださり,また,皆さんがそこを入るとき,聖なる所に立っていることを知らせてくださいますように。」10イエス・キリストの御名によって,アーメン。

© 2016 Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved. 英語版承認:2016年5月。翻訳承認:2016年5月。原題:“Doctrinal Mastery.” Japanese PD60001875 300

参照箇所を表示する

  1.  

    1. M・ラッセル・バラード「21世紀においてCES教師に与えられている機会と責任」(中央幹部との夕べ,2016年2月26日)broadcasts.lds.org

  2.  

    2. シェリー・デュー, “Will You Engage in the Wrestle?” 〔ブリガム・ヤング大学アイダホ校ディボーショナル,2016年5月17日〕,web.byui.edu/devotionalsandspeeches

  3.  

    3. J・ルーベン・クラーク・ジュニア『教育に関する教会の指針』改訂版,4

  4.  

    4. マルコ10:35-45参照

  5.  

    5. 1コリント12:21

  6.  

    6. リンダ・K・バートン「ともに高め合いましょう」『リアホナ』2015年5月号,29-32

  7.  

    7. ラッセル・M・ネルソン「姉妹たちへの懇願」『リアホナ』2015年11月号,95-98

  8.  

    8. 2ニーファイ26:33,強調付加

  9.  

    9. M・ラッセル・バラード「21世紀においてCES教師に与えられている機会と責任」

  10.  

    10. J・ルーベン・クラーク・ジュニア『教育に関する教会の指針』15-16